101/12/23(Sun) 01:54:52

8:00パリCDGのカフェでえすぷれっそダブル。
RERでChatelet・・・Cyberc@fe de Parisでひさびさのメールチェック。。。おいおいおいおいよい新春になりげなめっせーじをリュックにつっこみ楽器を取りにStephaneのアパートへ。。。。。。。。。

ウィーン経由で成田、岸野さんらとおんなし便やった。

っつーよーなわけで、ただいま木更津ふきん。
リムジンバスで東京湾アクアライン、。運良くいわゆる、ノルマンディー地方カマンベールのりあるカマンベールといっしょなのだ。共に羽田へ、、、、、
       っつぅわけ。
ぢゃっ

101/12/23(Sun) 01:54:23

目がさめたら9:00過ぎだった。

今でもこのへんに象はいるんだろぉーか、。
南アフリカでは観光目的とかだけぢゃなくて、ともかく、象を銃殺し間引きしその毛皮・肉・角・象牙を売って、その利益を野生動物の管理資源に当てているらしぃ。
ま、
コートジボアール・・・日本語では『象牙海岸』だ。

朝食を摂り、リュックを探るとガーナCedi札がどっさりでてきた。

ホテルのフロントで「ガーナCediを両替できるか?」って聞くと「銀行に行ってみろ」っつぅーんで出かけてみる。
近所の銀行の前で立ってたSeculitieの男に「くっじゅ〜ちぇんじGHANA Cedi?」とか聞いてみるが、「もっとデカイ銀行、BICICI Bankに行け」ってなわけで、BICICI Bankに行ったけど、BICICI Bankが言うには「ダメダメよ、GHANA Cediは銀行では両替できないから、どーしても両替したかったらガーナに行きな」・・・・

あ”〜とか思いつつ、いちぉー別の銀行にも、とか思ってSGBCI Bankの前に行くと、男達が群がってきて「だらー?US?」とかいっせぇーに、よってくる。。
ははぁーnん、どこにでもいる、闇両替屋だ。

「GHANA Cediはどーだ?」って聞くが、たいていは「ノー」。やっと見つけた男が「GHANA Cedi、OK、カム!」ってなわけで、連れまわされ、「うぇいとうぇいと、ブラザーに聞いてみるから、待っててくれ」っつんで街角のセルラー屋、、よーするに、交差点の角とかに、テーブルを置いて、そこにCELLULARの張り紙。1コール=CFA150とかで、通話させる、レンタル携帯電話屋だ。

闇両替の連中って携帯電話持ってるんだけど、レートの計算に使うだけで、mなぜか、通話は、そのCELLULAR屋さんを使うのだ。
「OK、Cedi15,000 = CFA1,000 だ。」なぬなぬぅー、だめだめ、悪すぎる。ってんで、けっきょく、Cedi150,000-をCFA15,000-と交換。倍くらいボラれらってことになるんだけど、ま、持っててもしゃーないしってmmんで、ま、妥協ってことcで。

昼間、あまりの蒸し暑さにシャワーを浴びにホテルに戻る。
んが、これが、その、たぶん水と湯の2つのコック、どっちをひねっても熱湯なのだ。
ンなんだこれは、。ひとりでヒーヒp−言いながらシャワーを浴びる。
ま、
ともかく最後のアフリカンナイトかああああああああっつんで、

「どこでもいいからアビジャンを1時間走ってくれ」タクシーを手招き、CFA5,000-を2枚見せて言ってみた。「OK、俺はぐっどガイドだ」
その1枚だけを、とりあえずドライバーに渡して、ラマダン明け夕暮れのアビジャンをてきとーに走る。
べつに目的あるわけぢゃないんで、だまっててくれていいんだけど、そのドライバーは、時々目に付いたカンバンを読み上げてニヤtっとする。。。。。「COCCOSi!!!」って、べつにスーパーマーケットの名前教えてくれなくてもええんやけど、彼は自慢ゲだ。

西アフリカといっても、アビジャンは特別な都市。
ちゃんと飛行機も飛びそうだから、最終地点にしたのだ。
「Flag!,,,,PEUGEOT、、、、SAMSON」次々とカンバンを読み上げるドライバー。。。

約束の1時間が経って、Hotel ibis Plateauは目の前だった。
カーステレオから強烈なパーカッションの響きが。そーだ!、「ジェンベショップを知ってるか?」「ジェンベ?、もちろんだ、俺はジェンベプレーヤーだ!」。。。
それから、来た道を引き返し、目的地までハイスピードで走り出した。

これがアビジャンか?っつーよーな、さっきまではマッタク見かけなかった風景が、、、、、ゴミ溜めをくぐり抜け、裏社会の臭いがする、もしかしたらこれがリアルアビジャンなのかもしれない、けど、、、ともかく、アッッフリカッっつーよーなかんじの路地をひた走り、露天商が並ぶマーケットにタクシーを止めた。。

「降りろ」「ここか?」「ついてこい、カム」・・・道端の土の上に10台位のジェンベをならべた露店があった、、、、、、すこし叩いてチェックしてみる。。。。「どれがベストワンだと思う?」「ついてこい、カム」っとドライバーは言って、露店マーケットの間をすり抜け、更に奥へ、奥へ、、、、、、奥へ。そこは、3人の男が半裸でジェンベを作っている工場だった。。。。

とりあえず、その3人のジェンベ職人に挨拶。
こーいった人間に、僕は、迷わず敬意を表す。

彼らは仕事をストップしてくれて、ジェンベを抱え、叩き始めた。。。。
スゴッ!、キョーレツなアンサンブルだ。
音色を知り尽くしている3人のポリリズムは、この為にここに来たのだ、と、僕に思わせるに十分過ぎるくらいの、カルチャー・そ、カルチャーだ。
 しばし、そのグルーブに打たれていたら、タクシーのドライバーがそのアンサンブルに加わった。。。。。ほんとだったのだ。

モプティとかでも、ジェンベプレイを聞いたけど、そんなに良くはなかった。
3人の職人と1人のドライバーは本物だ。

「OK、さんきゅ、。1台売ってくれるか?」「おぉー、どれでも好きなのもってきな」・・・・
めっっっちゃたくさんある、パーカッションの中から、じっくりと、選ぶ。
最終的には、タクシードライバーのレコメンドする1台を選び出し、ベストチョイスか確認して、値段を聞いた。
      CFA35,000-
安い、!。
いつものちょーしで、ついついディスカウントを要求してしまった。
結局CFA25,000-で買った1台をタクシーのトランクに載せ、工場の彼らにお礼と別れを告げ、すっかり暗くなった夜道をホテルに向かった。。。。
ダックのフォーを突っ込み、ベトナム料理屋からそのまま、空港へ。、
10日間だけやったけど、たぶん、黒柳テツコとは違うアフリカを見れたと思う。。

アビジャンの空港ポストでジェンベをパッキングCFA1,000-。
出国カードの記入屋にワイロを要求されて強烈に拒否。
21:30ボーディング開始。時間どおりのエールフランスに乗り込むけど、これがm、暑い。なかなか動かない。しばし、待ってたら、そしたらBGMと機内の明かりが突然消えたのよ。。。。機内放送が「パワーユニットぶろうくだうん・・・・」なぬぅ?、おいおいエールフランス、お前もかぁ?、。みんな立って電話かけたりいろいろしはじめ、とにかく暑〜い、、、、子供が泣き叫びだした、、、「ナビゲーションシステムをチェックするので5or10分まってくれ」ってなアナウンス。。。。。なんですかー
しばし待って、白い煙と共にやっとこエアコンが動き出した。。。ライフガードの使い方説明してるスチュワードの顔面から大粒の汗がだらだらだらだら、おぼれてるみたいに、だらだらだらrだあらああああ。。。「レディース&ジェントルマン、エアコンディションうわぁーきんぐNOW!」
さんきゅっあfっふりか。だ!

101/12/23(Sun) 01:54:02

やっぱりウェイクアップコールは鳴らなかった。
6:30、HYUNDAI製のタクシーをつかまえて「Cape Coast Castleまで行ってくれ」、。アクラ発。ケープコーストまで170km。
前を走るYANASEのシールが貼ったまんまのワーゲン。子供が木箱をかってにならべて道路封鎖、通行料を要求してくる。

ケープコーストキャッスル。
僕にとってトンブクトゥに続く西アフリカ、第二の目的地である。
ヨーロッパで自由・平等・博愛が叫ばれた同じ時代、彼らはアフリカ人奴隷を漁って奴隷貿易をしていた。
地元で平等を訴えていたヨーロッパ人は、アフリカで捕まえた黒人をアメリカで売りさばき、その耕作物をヨーロッパに輸入していた。三角貿易である。
ビリーホリディ、ストレンジフルーツ。
奴隷海岸
9月にカリブに行った時、その、土着民を虐殺して人種を入れ替えた現実を知って、その、罪無き黒人を送り出した港、アフリカの港を見てみたいと思った。。。。
西アフリカに数ある奴隷貿易港の中でも、ここ、ガーナのケープコーストキャッスルは、規模・知名度・で、最大のとこ、かもしれない。。。。。。

9:20ケープコーストキャッスル着
学割でチケットを買って、中に入る。
資料展示室でとりあえずビデオ。きつい。。。。あまりに、きつい。
うまく言えない。
資料を見て回る。
実際に使用されていたらしぃ、黒人同士をつなげる鎖の数々。
舟の水平断面図に、黒い短い線が無数に引いてある絵がぶら下がってる。。。。その、黒い線、それが黒人奴隷らしぃ、、、、、、、、。
上下左右に身動きがとれないほどの空間しかあたえられず、長い航海の後、彼らは売りに出されたのだ。。。投獄中、航海中、いずれにせよ、病気も蔓延し、売られる前にかなりの黒人奴隷が死んだらしぃ、、、。
『SLAVE』のビラ。
男の牢屋・渡り通路・女の牢屋・小ボート乗場(「ここから黒人は奴隷としてアメリカに送られたんだ」)・大ボートの位置・CELL(独房)・建築資料室(自分の牢屋を自分で作る黒人)700年の屈辱。それでも今、なぜか、ヨーロッパを責めていない。なぜだ?
「The Auction Block」
『AUCTION THIS DAY BY ALONZO WHITE 2'0'CLOCK』
金鉱やダイヤモンドとかの資源が、彼らを、より不幸に導いたのかもしれない。

西アフリカからはピーク時、17世紀からの200年間に2000万人以上の黒人が奴隷としてアメリカ等に送り出された、た、とか、、。そして
少なくとも、今から、わずか100年前までは、この、奴隷貿易は続いていたのだ。

ひどい、、mあまりにひどい資料館だ、。。こんな衝撃はプノンペンのポルポト虐殺戦争博物館以来だ。。。。。
中を案内してくれたKingsley Joseph Ooloom君。「コマキマユミを知ってるか?」「え?」
「ワタァしは、こまきまゆみを愛してる。もし日本で会ったら「君を愛しているって言ってくれ」」っって会うわきゃない。

10:40キャッスルを出たら、さっきの運転手が外で待ってた。
このままアクラに戻っても、彼の運転なら、13:25発のアビジャン行きの飛行機に間に合うだろう。んが、もし、また飛ばなかったら・・・・・とか思って。。。ここはあえて陸路で。
状況がわかってないんで、明るいうちに国境ボーダーにたどりつきたい。
グッドドライバーが必要だ。
さっきの運転手に「国境の街エルボまで行ってくれ」っつったら、即答「ダメだ。そんな遠くまで行ったことないし、クルマが壊れちゃうよ。」
「ブッシュタクシーを乗り継いで行け」みたいなことを言ってる。

ってことで、別のタクシーをいsっしょに探す。

商談開始。
11:00ケープコースト発。
新たにゲットしたタクシーの運転手ニコラス君が「そんなとこまで行くんならIDカードを取りに行かなくちゃ」ってんで、ニコラス君の自宅に寄って、それからビーチ沿いを走る。
カーステレオ、カセットテープ、ボブマーリー、
さっきのキャッスルのことがあるんで、ラスタの言葉がわけわかんなくても身に染みる。

ガソリンスタンドでチョコレートと瓶入りピーナッツ、ノンアルコールドリンクMALTA GUINESSを。。。。
12:00Shama

ポリスチェックのポイントで止まったとたん助手席の窓から突っ込んでくる、生きた鶏や果物・・・・・売り込みにくる、ビニール袋に入った水の角をカジッて吸い込む、ドライブスルー。

12:15タコラディ
舗装道路が所々陥没してる。
13:30AXIM
ここから舗装が無くなる。砂利道ぢゃなくて、赤土道。僕はいったい、r、

14:15エルボ市内。
ふっ
ガーナ側最後のの国境の街だ。「せーふぁ〜せーふぁ〜せーふぁ〜せーふぁ〜せーふぁ〜せーふぁ〜せーふぁ〜せーふぁ〜せーふぁ〜せーふぁ〜せーふぁ〜せーふぁ〜せーふぁ〜せーふぁ〜せーふぁ〜せーふぁ〜せーふぁ〜」チェンジマネーの誘い。
順調に着いた。この調子なら、明るい内にアビジャンに着けるだろぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーって思ってたんだけど。。。。。。。

タクシー代を払って運転手ニコラス君とお別れ「君はベりぐっとドライバーだ、ありがとう」彼は、ニヤッっと笑って、ボールペンをせがんだ。。。。

よし、
ここからが勝負だ。
まずは、ガーナ側の出国へ。。。。。。イザっ

なんだかワガランうちに、ポリスやらアーミーやら検査官やらの数度のパスポートチェック、なんども、リュックを開け、チェック。全身触られまた、チェック。
ガーナ共和国を出国。

なぜだか中立地帯内をタクシーが運行している、が、無視。向こうに川が見える。
歩いて5分くらい。
橋がたぶん国境だ。
チェック、。チェック。何度もチェック。。。。。。。コートジボアール入国。

チェンジマネー屋がよってくる。
あ、
さて、
いったい、ここから、どやって、アビジャンまで?¥nなのさ?
タクシーを探す。乗合のブッシュタクシーがあるあずだ、。
現地の人に聞いたrら「待て」とのこと¥、、、、、、、。待ってる間チャーターの誘い「おい、アビジャンか?俺のクルマをチャーターしろ!。今すぐ出発だ」無視。「てmっめぇ、明日まで待つつもりか?」脅し。無視。。。。。。。
、待つ。
しばし、まってると、乗合タクシー「プジョー」がやってきた。そのへんにいた、連中に値段を聞いてみる「いくらなんだ?」「ノエtoアボワッソ=CFA1,000-、で、アボワッソtoアビジャン=CFA1,500-」

コートジボアール側の国境ノエの街には、わんさか人間がいる。やってきた乗合タクシー「プジョー」には、人間が群がり、満載になったとたん、プジョーは出発するのだった。。。なかなか乗れない。。
「おい、俺の席を取ってくれるか?」少年は、次のプジョーの助手席を無理やり抑えてCFA1,500-要求した。。。。が、満載になったプジョーが出ない。。。
ポリスが来てもめ始める。どーmも、アボワッソまで本来CFA1,000-のとこをフランス語ができない人間からCFA1,500-とるのは違法だとか、なんとか、らしぃ。ま、100円の違いはどーでもいい。
僕の席を取ってくれた少年にCFA100-のチップをあげちゃう。

16:00ノエ発
「ポリスチェックがあるからシートベルトをしろ」って運転手、シートベルトをするかっこ、でも、前の席に3人、。まん中の僕にシートベルトは無い。
となりに座った英語のできるJEAN-ZACQUES君に、そのあと、めちゃめちゃ世話になることになる。。、。。。

「ちゃいなか?」「いや日本だ」「おー日本は素晴らしい、おれは知ってるぞ、GNP2位の国だ・・・・・小さいけどメッチゃパワフルだ!」ほんとは、日本ってそんなに小さくも狭くも無いっxxxtてことを僕は知ってる。もっと小さい国はめちゃめちゃたくっさんあるのは、とーぜんなんやけど、地図の端っこなんで、小さく見えるのんだろぉ〜なー、とか思いつつ、っつーkか、日本が小さい島国だっつーことが、海外で常識なのは、わかんないこともないけど、日本人がそーおもってんのはなんでや????

プジョータクシーはちょっと走るたびたび4回のパスポートチェック。
その最後がキョーレツ、。やった。
僕だけ、リュックの中を全部開けさせられ、30分間全身を触られ続けて、、、なんなのか、そのあいだ、運転手と他の乗客7人は待ちつづける。。。。。なんやrらわからん尋問をこなしてともかく出発。

17:00アボワッソ着。
JEAN-ZACQUES君にバス乗場を教えてもらって、チケットを買おうって思ったとこで気が付いた。
     ************パスポートが無い

さっき、さんざんチェックされた後に、返してもらったパスポート入れにパスポートが入ってなかったのだ。 ま、考えてみりゃパスポートなんて無くたって、再発行してもらえば帰国はできる、。っていっても、手持ちのエアチケット3枚を無駄にするのはシャクだ。。
っつー、わけで
ともかく、CFA2000-でタクシーと交渉、JEAN-ZACQUES君といっしょにチェクポイントまで、戻ることに。。。。。んが、
さっきのポリスがいない、、どーも、僕を追ってどっかに行ったとか、、ま、ともかく待つ、mしばし、ボォ〜っとしてるとこにさっきのポリスが戻ってきて一番偉そうな人同士、2人で怒鳴りあってる。。。なんでだかわからんが、たぶん「おまえのせぇで、こんなことになりやがって・・」とか言い合ってるんやろか、、、ワガランが、。

17:40他のプジョーに相乗りし、アボワッソに戻ってアビジャン行きのバス停へ。

そのバス停。時刻表があるわけではなく。
満員になっちゃうと、そのバスが出るまで、チケットは買えない。
めっちゃめちゃ人間がウジャウジャ、、どうやってここまで運んできたんだか、バスに中古の冷蔵庫を持ち込もうってする人。。。

バスチケット売り場のカウンター前に貼り付き、待つ、待つ、ひたすら待ったとこで、売娘のねぇちゃんがやってきた。。。CFA3,000-で、2人分のアビジャン行きバスチケットを買って、バスが来る、、、、
19:15めちゃめちゃドアに群がる人間達。JEAN-ZACQUES君の手引きで、椅子を乗り越えSTAバスの窓側座席になんとか座れた。ふっ

積み込みを待って19:30アボワッソ発。
ジョンザック君は、「あらうんど2Hour」って言ってたんだけど、数回のポリスチェック・パスポートチェックを〜、けっきょくアビジャンに着いたのは夜の10時過ぎだった。
TRECHIVILLEでバスを降り、
ジョンザック君の電話番号を教えてもらって、僕は別のタクシーでPLATEAUのGrand Hotelへ。。nが、その、Grand Hotel.。入り口前には、いかにもプロフェッショナルな雰囲気の女がたむろしてて、なかの雰囲気も「ハイ、連れ込んでください」ってなかんじ。
いちおー、カギをもらって部屋に入ったんだけど、やっぱり、キャンセルして別のタクシーで別のホテルへ、、、後ろからGrand Hotelの男が「なぜだ_?このホテルのどこがダメなんだあー」とか叫びながら、追いかけてくる、。「Sofitelへ」って言っときながら、やっぱし、Hotel ibis Plateauへチェックイン。

シャワーを浴びて洗濯して、「どっかこの時間にあいてるレストラン?」ってフロントで聞いたら、セキュリティーの男に連れてってもらえっつーことに。。。。=
  いかにものSECURITE-G.S.P.の黄色い制服を着たオリバー君。
タクシーで、Lagoonを越え、Marcoryの屋台街へ。
大音量のアフリカンミュージックをそこら中で鳴らしてる。
ジャマイカみたいに、スピーカー歪ましてね。

いちおー、オリバーに「ビールでも飲むか?」って聞いたら、飲むってんで、とりあえずFlag Beerを2本。顔色が変わるのは見分けがつかないけど、オリバーが調子にのってきた。
僕がオーダーした鶏のクスクスに黄色い制服を着たオリバーが右手を伸ばしてくる。あああああああなんだか、ともかく、オリバー君と2人の夜。
Marcoryの屋台街からTreichville、そんでもってLe Plateauのホテルに戻って寝たのだった。

101/12/23(Sun) 01:53:10

朝8:00ガーナエァウェイに電話してみるけど、繋がらない。
いそいでタクシーでオフィスへ、。8:30着。だれもいない。

セキュリティに聞くと「9時オープンだから、30分間待て」との、、、、
9:10、きのう空港でみかけたガーナエァウェイのスタッフがやってきたので、とりあえず握手と「はうぁゆ?」。「きょーはちゃんと飛ぶのか?」「大丈夫だ」「何時発だ?」「・・・・11時、いや、10:30までに、空港へ行け」

チェックアウト10:00タクシーで、ホテルを出発。
途中、道端に座り込んでた男に運転手がなんか言って、そいつからCFA1,000札を数枚うばいとり、そのままガソリンスタンドへ。ガソリンを給油2.4リットル。

10:20マリ国際空港着。
昨日見た人。フランス語のできない同士数人は、なんとなくなかよくなってるってな、握手。11:00オフィスの人が来る。顔をおぼえてもらう為に、も、いちいちニヤリと握手する。
11:30やっとのことでチェックイン。いちおーmJAL,JAS,ANA,DELTAのマイレッジカードを見せるけど、とーぜん使えない。でも、ま。チェックインしたってことは、飛ぶってことだろーって思って、とりあえず、は、あんしん。。。。ダ

空港使用税?出国税?を払ってシールを受け取り、ボーディングカードに貼り付け、さ、、、、出国カウンターのとこに人がいない。。??ま、
しゃーないんで、カウンターをすりぬけ出国ボーダーを越えたとこにあった椅子に座って、しばし、係員を待つ。しばし、まつ¥
数十分後登場した、係員らしき男にパスポートを渡して出国のハンコを押してもらう。

ふっ。
すべて完了だ。
あとは、飛行機を待つだけ。
滑走路を自転車に乗ったオッサンがウロウロしてる。
boarding passには、[boarding 12H55 / 15 DEC depart time 13:40]って書いてある。

んが、、、、、

これが、。2時間待っても、3時間待ってもアナウンスが無い。
depart time 13:40はとっくに過ぎている。。。。な、とこに、さっきのガーナエァウェイのスタッフがやってきて、乗客予定者に説明を始めた・・・・・・・なんやら、ぜんぜん意味不明・・・・・・、またキャンセルなのかぁ??????????
   そのスタッフの男をつかまえ「なんなのだ?ちゃんと英語で説明してくれ」っつって、懇願すると彼曰く「これから言うことはベリベリインポータントだ。よく聞け、。レストランに行って食事をしよー。」なぬぅ?
ってことになり。
14:30食事券を配ってくれて、マリ国際空港内atレストラン。てきとーに食事&コーラ。
レストラン内のモニターには、いいかげんなdepart time表示の他、『En Voyage Attention au SADA(エイズにきおつけろ!)』AIROPORTS DU MARIなんつぅーよーな表示が、ちらちら。。。。。。。。。。。。。

も、どーしょーもない、。
じぶんでなんかできるわけでもなく、、、あたりを見回す、と、昨日も見かけたアジア風の男性がスーツを着たまま椅子の上に寝っ転がってる、、、、近寄ってみると、日本語の本を読んでいる。あ。「こんにちは」「おぉー、どーぞどーぞ、やっぱり日本人だったんですか」彼もやっぱり日本人だった、。「こんなとこで日本人と会うとは」「いやいやこちらこそ・・・・・・」

ニューヨークに住む国連職員の高田さん。
国連のワークショップでバマコに来たらしぃ。
「どんなワークショップを?」「マリの集落に数年前からディーゼルエンジンを与えていて、その経過報告会だったんですよ」っつーことらしぃ、。、。
どーゆーことかっつーと、マリ共和国の就学率はこのへんでも特にヒドイらしくて、いまでも女の子は20%位しか小学校に行ってない。国全体の識字率もモノスゴク低い。だからと言ってその親に「学校へ行かせろ」ってだけでは行くはずが無い、、、。この現状をなんとか打破する為に、国連ではディーゼルエンジンを与えることにした、とのこと。

他のアフリカ諸国同様、マリの子供は重要な労働力なのだ。
その集落に与えたディーゼルエンジンで、粉を挽く。
すると
機械で粉を挽くことにより出来た時間で、学校へ行く子供が出てくる。
その、子供たちがどれくらいの割合で学校へ行くのかを、モニター調査している、その報告会。とのこと。、、ん〜、なるほどねぇ〜、。

しばし、NYCと国連のことを話したりしつつ、も、2日後のコートジボアール発パリ行きチケットを持っている僕は、ふと、不安になって高田さんに聞いてみた「このまま飛行機が飛ばなかったら?」「ありえますねぇ」ってことになり、「どーしてもコートジボアールに行くのでしたら、他の方法も考えていたほーがいいですよ」ん〜、
そーだよな¥〜。ガーナに行かないでこのままコートジボアールに行こうかなぁ〜とか思いつつ、いちおー、lonely planetを広げマリtoコートジボアールの陸路移動欄を見てみる、。と、『1200km,2〜over4days』だと、。hはははあああああー、なんだ、この幅は?

15:00みんな動き出す。14:40に僕らが乗るはずの飛行機がガーナを出たgっていうオフィスの人の話しがあったらしぃのだ。やったぁー
「ま、よかったですね。」「いちおーね」高田さんは余裕である。
「ガーナへはよく行くんですか?」「まえに3年位住んでたんですが、えぇっと、8年振りなんですよ。はやいですね、変わってるだろぉーなぁ」「そのころは、ガーナでどんなことを?」「国連の仕事だったんだけど、休みの日は、なんとなく、炎天下をひたすら歩いてみたり、、、50ccでどこまで行けるか、やってみたり、、、、、、」「ぐxx。、やってますねぇ〜」「でも、いまは結婚して子供もいるんで、もぉーだめっすね」「1人ぢゃなくなると、そんなもん、かも、ですよね。」「ま、ね。」

16:00飛行機が来た。
その10分後に僕らは乗り込み、16:30には離陸。ガーナエアウェイズ。

18:30アクラ着。
預けた荷物を待つ高田さんに、お礼を言うと「こんどニューヨークに来た時には僕の家に泊まってくださいよ」「え、うれしぃなぁ。、いいんですか?」「もちろん。ニューヨークのホテルは高いからねぇ」「ありがとぉー」高田さんと別れ、タクシーで、KOJO THOMPSON Rd.のNiagara Hotelへ。

シャワーを浴び、脱いだものを洗濯。水を2フィンガー。たばこを2本。
22:00アフリキコレストランへ。
やる気のなさげなバンドが野外で演奏している。
そこで、フライドフィッシュwithポテト。よーするにフィッシュ&チップスを食べながら。。。
電灯の下に虫がほとんどいないのは、さすが、ガーナってとこか?
3人の客に対して、6人のバンド、。途中、客も増えてきて、演奏も良くなってきた。ころに、出る。
アフリキコレストランの前に止めてあった、タクシー車の屋根で寝ていたオジサンを起こして、ホテルのそばまで。。。。

Nkrumah Circleのあたりには、露店・屋台がたくさんでていて、深夜までてきとーに遊んで帰る。フロントで朝6時のウェイクアップコールを頼んで熟睡。

101/12/23(Sun) 01:52:47

朝5:00に起きちゃう。
フロントの人に聞くとGHANA AIRWAYSオフィスが開くのは朝8時だっつーので、8:00タクシーでGHANA AIRWAYSオフィスへ。
なんやらかんやら言ってアクラ行きのエアチケットを買ったんだけど、プリントアウトしてくれた紙には、16:35バマコ発と書いてあるし、手書きのチケットには15:40バマコ発ってなってるし、彼は「11:00迄に空港に行かなければ君は飛行機に乗れない」って言ってるし、どれがほんとか、ぜんぜんよくわからない。

13:00ホテルからタクシーCFA7,500-で、バマコ国際空港とうちゃっク。
ガーナエアウェイのチェックインカウンター前で待つこと2時間。どんどん増えて来た大荷物を抱えた人達が、フランス語っぽいのアナウンスの後、なんだか、急にだれもいなくなった。な、なんですかぁ〜。。。。、しばし1人立ちすくんでた、ら、目の前を今日の朝GHANA AIRWAYSオフィスで会ったスタッフ?、その彼が僕の前をスタスタ歩いていく・・・・・ちょ「ちょっとまって。どーしたの?だれもいなくなったけど。」「あぁ、今日のフライトはキャンセルだ」「????え」「だから、今日のガーナ行きは無くなったってことさ」「って、どーすりゃええの?明日は?」「たぶん明日は飛ぶ」「何時に?」「わがらん、とにかくここを出てGHANA AIRWAYSオフィスへこい」っつーんで、空港前のタクシー屋さんに掛け合い、バマコ市内のGHANA AIRWAYSオフィスへ。。。。

だれもいない。
しばらくすると、女の人が入ってきた「どーかした?」「どーか、ってさ。今日のフライトがキャンセルになったの知らないのか?」「え?」なんか、こんなことは、別にいつもの、普通のことらしくて、、、「明日は飛ぶのか?」「ちょっとまって・・・・明日は大丈夫」「何時に?」「・・・・・わかんない。」・・・・って、「わかんなくちゃ、ダメダメぢゃん。」と、彼女は、目の前のコンピュータモニターを持ち上げてこっちに見せて「そんなこといっても、わかんないのよぉ」って叫んだ、そのモニターには『OPEN』とBOLDで表示されていた。

ま、なんつーか
こーゆーときは豪遊にかぎる。
再々度タクシーをつかまえ、lonely planet West Africa 4th EditionのPlaces to Stay-Top End欄に書いてあった Hotel Mande へ向かう。
途中キューバ大使館を越え、怪訝なロケーションの、、いわゆる、鼻水ガビガビの顔にハエがたかりまくった泥だらけの腹のでっぱった裸の子供らがウヂャウヂャいるよーな、最貧地帯のよーな、その奥地にHotel Mandeはあった。。これが、、、これのどこがTop Endなんだぁー、あまりにヒドイんで、タクシーを降りず、そのままHotel SALAMへ向かう。

途中、キョーレツな臭いがしてきたってところで、路上に獣の骨とか毛皮とかをならべて売ってる露店街に出くわした。ま、毛皮はわかるとして、なんで、骨まで売ってるんだ?。それも、ものすッゲェ量の。。。やっとこ、でかい道にでた、っつーところで、すごい音でバイクがぶつかってきた。。走りながら僕の乗ってるタクシーの運ちゃんとぶつかっってきたバイクの兄ちゃんが怒鳴りあってる、、もぉーなんのことやら。

Hotel SALAMは、ほんとにナイスだ。
ルームサービスで、GUINNESSビールを3本たのんで、今日の1日を振り返る。。。
っつったって、ただ、待ちくたびれてタクシーで走り回ってただけなんで、振り返るほどのこともない。

フロントに降りて「どこかベリグッドなアフリックレストランを教えてくれ」っつったら『Santro』って書いた紙を渡してくれた。そのまま、ドアマンにその紙を渡してまたまたタクシーに乗り込む。

バンクセントラル〜エアアフリック〜、泥で固めた家だけの他のマリ集落とは圧倒的に違ってバマコには時にメチャすごい建築があって、カンゲキしちゃったりしつつ、セネガルのダカールまで繋がってるはずの線路沿いにタクシーは走る。その線路の上に座り込み、シートを広げ、露店を広げてる連中がレールに群がってる。。なんなんだ、列車は、どーなんだ、。みんなまとまって死にたいのか??よく見ると、その、暗闇の線路上には、ずぅxxxxっと向こ−まで、人間がうじゃうじゃいる。ん〜、どっかで見た風景だ。
ともかくレストランSantroへ。
分厚いドアを通り抜けると、そこにはゴージャスな中庭が、、、。
さすが、マリの超有名高級レストラン。
中庭を通り抜け、その、向こうのドアを開けると「うぇるかむ¥¥¥¥、よーこそ、。では、10分外で待ってて下さい。」「え?なになに、どーして?」って思ったら、なんのことはない、。お客様(僕のこと)がいらっしゃったので、店内に殺虫剤をスプレーします。って、ことなのだ。。。、はっぁ〜ん。モスキートに刺されまくりながら、ともかく外で待ってる。

しばらくすると、殺虫剤の香り漂う店内に案内された。

そこでは、僕だけの為に、なんつったっけ、あの鉄弦の竪琴みたいなやつね。それを演奏してる人がいて、心苦しいばかりの過剰な接待が、この国のプライドを感じさせて、さすがにグッドだ。
gてきとーにメニューを見て、ジンジャーのジュース・魚肉っぽいサラダ・鶏の丸焼きピラフ添え・グリーンティーをオーダー。

厨房のことはワガらんし、それ以前の不衛生さと、殺虫剤の香りは、ま、このさいノープロブレムとして、m。出てきた料理はスバラシかった。。特に、ジンジャーのジュースは、お勧めしてくれただけあってか、こりゃ、すごい。、っつーか、ほんとは、ビールもワインも無いっつぅ〜んで、しょーがなく頼んだんだけど、やっぱすごかった。の、ダ。

接待もちゃんとしてる。し、食事中もモスキートに刺されるってのを無視すりゃ、ほんまここはマリなのかいな、。っつーくらい。ゴージャスなレストランだ。
これで、この4品でCFA8,000-。J¥で1,600円だ。絶対許す。

野宿と手掴みのリソースから、空調の効いたホテルとゴージャスなレストラン。。こーゆーとこでは、ある種のローエンドから、ある種のトップエンドまでを手軽に体験できて、そのギャップが僕には嬉し&楽しかったり、ね。

101/12/23(Sun) 01:52:30

朝9時。ドアのノックが聞こえる。3日振りのベットの上、洗濯物の下で目が覚めた。
ドアを開けるとバブロがいた。「どうだ?ぐっどスリープだったか?」「Yes、べりぃナイス」「そっか、OK。服を着ろ。俺のモプティを案内する」

っつって、2人で出かけた。

交易地、ニジェール川沿いを2人で歩く。
「あの、川の向こう岸には2つの村がある。1つはトアレグ族の村、もう1つは〜族のだ。」「ああ、s−か、んん。見えるよ」「舟で向こうに渡ろう」「ええ?いやいや、今日はバマコに行くんだ、時間が無い」「ノー、だいじょーぶだ、ワンタイムでもどってこれる」ワンタイムっつーのは、1時間のことらしぃが、時計を持たない彼らの時間は信用できない。「ありがとぉー、次に来た時には必ず行くから、そのとき案内してくれ」

とかっつって、モプティのマーケットに案内してくれた。
「モプティには2つの大きなマーケットがある、。ここは、男のマーケット、もう1つは女のマーケットだ」いろいろ、案内してくれるが、僕は、何も買うつもりがないんで、てきとーに見るだけ、、、、、、
、、   女のマーケットで数件案内してくれる、、なんだか雰囲気が、なにも買わないと収拾がつかない、っつーか帰れないよーな、、「どれを買うんだ?」「いや、だから、いらないってさ、」「そーか、ぢゃ、別の店を紹介しよー」「わかった、いらないってさ、もう、今すぐ、バマコに向かおう」「いや、君はおみやげを買わなくてはいけない」「いや、なんもいらんってさ。」「お土産を買わないで、君は家族に会えるのか?」「いらん、ってさ」とkかっつっても、なにも買わないと収拾がつかない、っつーか帰してくれないよーなのだ。

モプティの女マーケットTシャツを買えってことになり、無理やり連れていかれる。、けど、Tシャツはいらない、「あと2日でラマダンが終わる。その準備で今日はオヤジがいない、。だから、今ならスペシャルプライスで、OKだ。マリには3つのプライスがある。一つ目、二つ目、そしてラストプライスUS$80-だ。」っつー。US$80-だと言い張るすこし小ぶりのジェンベを結局US$23-買って、やっとこ、帰ることに、、、。
タクシーでドライバー・スマンが待つ、バブロの実家へ。
モプティのタクシーは、なんつーか、他の人が乗ってても、無理やり止めて、重ね乗りする。。。降りたい人が、てきとーな場所で降りて、次々と、別の客が乗り込んでくる。

バブゥは知り合いに会うたびに、タクシーから顔面を突き出しフランス語とトアレグ語かなんかで、早口で言い合う。のいるこいるのよーだ。
ともかく、ドライバー・スマンとガイド・バブゥと僕の3人はトヨタランドクルーザーに再度乗り込みモプティを出発した。
ポリスチェックで、スイカを買い、手で割って3人で走りながら食べる。
スイカの汁が顔に、服に、後ろの席の僕は、前の2人の汁も飛んできて、べとべと

16:00セグーで食事。パスタ&パン。やったー、このへんは電気も来てる。
おけに、水。そのオケで右手を洗って、その水を飲んで、その水で食後に手を洗う。トイレに行くときもその水を持っていく。

とにかく夜中、バマコに着いた。
ツアーオフィスのスタッフ。それにドライバー・スマンとガイド・バブゥとお別れ。
僕は1人、バマコ駅そばのホテルにチェックイン&さんぽ。
バマコの深夜。てきとーに歩いてたら、あっちこっちでパーカッションの音が聞こえてくる。、、、ん〜、明日はガーナに行くぞ

101/12/23(Sun) 01:52:12

甘いコーヒーと石焼パンで目が覚めた。。
ジュドと僕は、昨日両足をしばったはずの乗ってきたラクダを探しに行く。

かすかに残ったラクダの足跡を追っているよーなんだけど、どこに向かってるんだか僕にはさっぱりわからない。
しばし歩く。。。
ただ、砂漠を歩く。
しばらく歩いて、ラクダが見えた4頭いる。
前足2本を縛ってたロープを解いて、ラクダの下あごを縛り上げる。そのロープの片側を別のラクダの首に巻きつけ、3頭のラクダをまとめ上げ、最後のロープを僕に持たせて、ここで待ってろっつー、ジュド氏は、残ったラクダにまたがり、地平線の彼方に消えていった。。
。どーすれっつーんだ。

途方にくれ、しばし、伏目がちのラクダ3頭と待ってると、その、遥か彼方から、ラクダが2頭やってきた、。その1頭にはジュドがまたがってる。

ラクダで数時間、朝トンブクトゥまで帰ってくる。
なるほど、エンドオブザワールドだ、。
しばらくすると、怪訝な顔でバブロがやってきた。「どーかした?」「それが、今日は舟が出ないんだ」「え?なんでや?舟は毎日あるっていってたぢゃない。だめだ、なんとかしてくれ」「・・・・・わかった、交渉してくる」っつって、m

結局、午後2時に舟を出してもらうことにした。

すこし時間があるので、トンブクトゥの街中を、、、、、マーケットを案内してもらう。
岩塩の板が売り場にならんでいる。
サハラ砂漠の南端で、ニジェール川ともほど近い為トンブクトゥは栄えたらしぃ。。。。
片道1ヶ月をかけ命がけで砂漠を越えて来た遊牧民は、ラクダに積んだ岩塩を売りさばき、物々交換で商売を営んだとか、、、、、書物も入って来たんで、ここには、西アフリカ最古の大学がある、とか、、、、、ま、それもいつまでモツのか、、、、、。
  何もいらないっつーのに、しつこいんで、「じゃ、マリミュージックのテープを買えるか?」っつったら、ライクーダーの写真がはってあるカセットテープをもってきた。。「視聴できるか?」「もちろんだ、ついて来い」・・・・
そのカセットテープを持ってマーケットの上のフロアに行く、そこは Radio Africの放送局だった。
ラジオ局のDJ?は、かかってた音楽を止め、そのテープをかけてくれる。

ラジオ局を教えてくれた少年ISSAは、学校の先生に英語を教えているらしぃ。
「日本語も覚えたいんだ¥」少年ISSAくんに英和辞典を送ってくれってせがまれる。
さらに「CFA100-で学校で使うペンが買える、それがないと勉強が出来ない」ので、買ってくれとせがまれ、その店に行くけど、店は閉まってる、。。。。「あぁー、この店は夕方5時ににならないと開かない」ほんとにここかどーかはわからないけど、「他の店に行こう」っつーと、「ペンが売ってる店はもう一軒あるけど、そこには、高価なペンしかないんだ」「いくらだ?」「CFA250-もするんだ、店は遠くて、いっしょに行くと2時の船に間に合わないから僕が買いに行くからCFA250-をくれ」っつーんで「わかった。あとで、ここにペンを買いにこい」っつって、CFA100-を渡して少年ISSAと別れた。

午後13:30。バブロの友達の家に戻ると、その友人が、「モスクを見たか?」「見たよ」「中に入ったか?」「いや、金を取るって言われたんで中には入らなかった、外から見ただけだけど、よかったよ。」「・・・・・ダメだ」とか言ってるうちに、バブロが来た。
「どーした?」「この日本人はモスクの中に入ってないんだ」「Oh,それはベリィプロブレムだ」なんのことだか、僕にはわからない。
「よし、これからモスクに行こう」「え?だって、舟は2時だろ、今すぐ出ないと間に合わないよ」って言ってはみたけど、ドライバーのスマンがまだ来てないんで、どっちみち今は出発できないんだけどねってなわけで。「だいじょーぶだ、2時までには戻れる」っつーか、彼らの言う午後2時ってのは昼間のことで、7時ってのが夜のこと、5時が朝ね。つーか、そもそも彼らは時計を持ってないんで、ほとんど時間があてになんない。
「いや、トンブクトゥに来たからには、モスクの中に入らないとダメだ」「なんでさ?」「もし君がハッピーならいいけど、」「僕はベリィハッピーだ」「いや、とても君がハッピーには見えない」いわゆるよけーなお世話だ。。。。
 とかいってるうちに4WDドライバーのスマンがニコニコしてやってきた。
「行くか?」「っつーか、バブロがモスクに行くっつってきかないんだ」「あぁ〜、それはプロブレム」、、、けっきょく無理やりモスクに連れて行かれたけど、お祈り中で中には入れないらしぃ「今はだめだ。プレイが終わってから中を案内するから、バマコに戻るのは明日にしよぉー」「えええ?ダメダメ。今すぐ出発するんだ」「ふっ、君がハッピーなら問題なかったんだが、、、」「僕はハッピーだって言ってるだろ」「いや、モスクの中に入れば、きみの仕事も家族もハッピーになれる。」「もぉーいい。僕には仕事も家族も無いから、今すぐ出発だ」っつって、「OK。出発だ」無理やり船着場に向かった。
午後2時はとっくに過ぎている。
途中、モプティに向かうっつーベンジョンソン似のバブゥの友達を乗せ、しばらく走ってから、もう1人、仕事でトンブクトゥに来ているらしぃフランス人を1人、乗せ。走る。

舟は、mあった。

舟にクルマを乗せる間、そのフランス人エリックに話し掛ける「どんな仕事をしに来たの?」「いや、仕事じゃない。私はツーリストだ」そこからが大変だった。後ろを振り返ったバブゥの顔色が変わっていた。「なに、おまえは仕事できたんぢゃないのか?おまえはツーリストか?」「そーだよ、私はただのツーリストだ」「ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ」僕には、なんのことだか、さっぱりだ。

川を渡る小さな舟に、もう1台、別のクルマが乗った。
4WD車2台を乗せた舟は午後3時出航。

舟に乗り込み、もう1台の4WD車に乗ってきた5人とあわせ、黒人8人とフランス人1人の言い争いが始まった。。。
なんだか、めちゃめちゃやってる。もう1台の4WD車に乗ってきた黒人はエリックの首に指を突き刺し「Killユー」とか言ってる、、、、なんなんだ。そのうち、僕のクルマの自称ガイド・バブゥとドライバー・スマン、それにベンジョンソン似の3人もケンカしだした、、、、、。

ようすを見てた僕のとこに、バブゥがやってきた「へィバブゥ、どーしたつぅーんだ?」「あのフランス人はツーリストだっつーぢゃないか、俺はスマンが仕事で来たフランス人だっていうんで、乗せてやろぉーと思ったんだ。どう思う?、ツーリxストなら金を払わなきゃ乗せないよな?スマンは嘘つきだ」っん?、仕事なら無料で乗せるつもりだったんだろーか。「スマンはグッドドライバーだけど、悪い奴だ、俺はあいつが嫌いだ、。フランス人は金が無いと言ってる、君がいやだと言えば、俺はあのフランス人をこの舟から突き落とす、どーだ?」「いや、ま、金を払ってくれればいいんぢゃないの?」「この4日間、このクルマのオーナーは君だ、俺はフランス人を、対岸に置き去りにしてもいい。いますぐこの舟から突き落としてもいい、どーすればいいか言ってくれ」ってさぁ。ま、「とにかく、フランス人から、金を貰って来い。」といったんだけど、、、、、、。
 けっきょくバブゥは「フランス人からCFA10,000(2000円位)貰った、だから、モプティまで乗せてやってくれ、もらった金は、あとで山分けしよー。これはビジネスだ」ってことになり、ま。y安すぎるけど、OKってことにしたのだ。

たぶん、これは、たぶんだけど、僕の4WD車の、往復運賃は、僕が既に支払い済だ。っつーことは、あとで乗っける人の乗車賃は、僕らのもうけになる。
そこで、パブロは、友達を乗せ、、スマンは、フランス人を乗せて儲けることにしたんだけど、たぶん、スマンは、パブロに「フランス人は仕事で来てるんだから、無料にしてあげよう」っつって、ポケットに入れたんぢゃないやろか。。。。それを知って、パブロとベンジョンソンは怒った、んだと、思う。のだ、が。。。

ともかく、
15:30対岸の中島へ。少年が浅瀬を徒歩で導いてくれる。
途中、沼にめり込んで抜けなくなった別の4WD車をロープで引っ張りあげ、たり、しつつも、僕ら5人のTOYOTA LAND CRUISER は、サバンナの道無き原野を走る。
トゲトゲの枝が窓の中に突き刺さってくるんで、緊張しながら、の乗車。
ところどころ、他のクルマのタイヤの跡があるけど、段差がひどくなってたりするから、かえって、新規開拓ルートを走ったほーが、滑ったり、埋まったり、空回りしたり、せずにすむよーな、っつっても、木や、牛や、ロバや、なんやらの、狭き道を走らねばならんので、といって、止まると危険。、。 たしかに、スマンは、べりべりグッドドライバーだ。
23:00ドゥワンザ着、
やった。クスクスがあった。
ジャリジャリのリソースは、もぉ、とっくに飽きていた。
レストランで何も食べないフランス人エリックに「CFA10,000払ったんだってな」って聞くと「え?払ってないよ」なにぃ?、もぉーなにがなんだか、さっぱりだ。考えてもしゃーないんで、もぉーいいことにする。
「トンブクトゥには何日いたの?」「4日間だけさ」「学生?」「いや、働いてる。2週間の休みにマリなんて、クレイジーだ。日本は休みが短いって聞くけど、フランスだっておんなじさ。まったく働きっぱなしで、ひどいもんさ」

「パリに住んでるの?」「そーだ」「セーヌ河のバトーファーって知ってる?」「・・・・・あ!、あの赤い舟か?」「そーそー、僕はそのバトーファーに先週出演してたんだ」「えええ?、おいおい、君はミュージックスターだ」「ま、、、な。」それからは、パブロ達の態度も、なんとなく変わってきた、僕が疲れた顔をしてるとパブロは「俺の背中に足を乗せて寝てくれ」「いや、いいってさ」「いや、君を疲れさせるのは申し訳ない」とかとか、、、、、、、

途中、なんやらわからん真っ暗闇の中で、ベンジョンソンは降りた。。「ぢゃね、」「おぉー、また会おう。こんどマリに来たときには俺に連絡してくれ、」って、さっき住所聞いたけど
「住所は無い」って言ってたぢゃないか。。。。とか思いつつ、ま、「OK、ぐっどらっく」っつってm、僕らは4人になった。

深夜2時モプティ着。
フランス人エリックは、タクシー乗場で降りた。
「このままパリに帰るのか?」って聞いてくるんで、「いや、明日ガーナに行く。そのあとは、たぶんコートジボアール」「コートジボアール?危険だ、あそこは今ヤバイぞ。カージャックが出るらしぃ、ともかく気をつけて」「あぁ、ありがとう。君こそハブあナイスとりっぷ!」「パリに来た時には連絡してくれ」「めるしー」、、んmm。いい別れだった。

別れ際エリックは僕に連絡先を書いたメモを渡してくれた、それをバブロは見ていた。

「よし、ここはモプティだ。おれの実家に3人で泊まるか?」ってパブロが聞いてくるんで、洗濯をして3日振りのシャワーを浴びたかった僕は、その誘いをできるだけ丁重に断り「ありがとぉー、でも、ぼくはここの川と宿に興味があるからホテルに泊まるよ。」っつって、ニジェール川添いのホテルの、裏のホテルに案内してくれた。。。。。。。

101/12/23(Sun) 01:51:04

眩しい。バブゥが懐中電灯で僕の目を照らしている。「起きろ、出発だ」
朝2:00、真っ暗闇のドゥワンザのコーヒー。

2:30ドゥワンザ発。
道の無いサバンナを走る。

4:00東の空から三日月が、、、朝焼けの影、6:00地平線の向こうからうっすらと太陽が昇ってくる。どんどん道が無くなっていく。

朝8:00、ニジェール川の対岸の集落に着く。
対岸といっても、どっからが対岸なのか、わがわんよーな、境目が不明確っつーか、なんつーか、よーするに、だんだん、湿地になってきて、水溜りが増えてきて、ぬかりながら、無理やり水の中を走ってくと行き止まりになる。。。。

そこで、お粥をご馳走になる。
お茶を3杯(1-View, 2- love, 3-flendship)っていってるが、いま考えたよーな気もする。
ボートを待つこと2時間。

GIRIGIRI、アッラー、「これを買え!。ギリギリを持ってないと、君は次の水を飲んで死ぬだろう」「君が日本でピストルを向けられた時、ギリギリを持っていれば、助けてくれる」「もし、これを買わなければ、君は仕事と金の両方を失うだろう」って連中は言い寄ってくるけど、、仕事も金も、どっちももともと無いんで、いらない。

9:30ボートのエンジン音が遠くから聞こえてくる、。ニジェール川に船がきた。
浅瀬を知ってる少年の導きにふっついて、僕らのRV4WD車は出発だ。
バマコの空港で一瞬、もし、レンタカーがあるのなら、それでトンブクトゥへっっってなことを考えたりしたけど、この、なんつーか、無数のポリスチェック、道なき道、川渡り、とかとか考えたら、ガイド無しのトンブクトゥ行きは、やっぱし、不可能だ。
少年の導きに沿って、舟にたどり着き、クルマで乗り込み、10時に船が出る。

10:40向こう岸に到着、そこからさらに4WD車でトンブクトゥーへ。

11:00Hotel Boctou着。
ポリスオフィスに滞在証明スタンプを貰いに行く。が、、職員はどぉーも打ち合わせ中らしくて「じゅごふんまってください」っつって、日本語のできる現地人。。どーも、これがパリダカールのスタッフ日本人から教わった日本語らしぃ。。
しばし待って、事務所に入り、モロモロのパスポートチェック。。。。厳しい表情。。。。。チェックは終わったか、、、?その、おそろしくデカイ現地人は両手を広げ大声で「うぇるかむブクトゥ!」と。。。
昼、リソース。レストランにはだれもいない。。。
外の人間がずっとこっちのタバコをものほしそーに見てるんで「1本やるよ」っつーと「いらない。ラマダン中だから」そーか、だからこのレストランもだれもいないんだ。

Hotel Boctouで会った現地人といっしょに、トンブクトゥをぶらつく。。。。
みんなに握手をするので、すぐに右手が真っ黒になる。

13:30Hotel Boctouの裏で待ってた、ラクダの人ジュド1人とぼく1人。
サハラ砂漠に出発だ。

ラクダに乗って数時間。トアレグ語と、ちょっとのフランス語しかできないジュドとの会話は「サバァ?」「サバ。サバァ?」「サバッ」それだけ。。。。。

しばしラクダで砂漠を進むと、キャンプが見えた。
サハラ砂漠のパオに住む子供が、僕がもみ消したタバコを拾って、お茶を沸かす炭火につけて、フィルターまで吸い上げる。
その子供はハエのたかった生肉も食べる。

僕が食事中。乗ってきたラクダは遠くに行かないよーに両足を縛られてて、かってに、そのへんの木の実とかを食べてる。

中学生くらいの歳の女の子が火をおこし食事を作ってくれるが、布一枚の服が風に煽られ時々半裸になる。

砂の上にムシロをひいて、炊き上がったお米を洗面器にあけちゃう、。その上に汁をぶっかけ、みんなで食べる。やっぱし、リソースだ。
僕は木のシャモジみたいなので、ジュドとキャンプの遊牧民は右手で、1個の洗面器に手を伸ばす。。。。。。。。。。。。。。。。。ジャリジャリジャsリ、口の中が砂だらけ

リソースの洗面器は、食後、枝を入れて火をおこし、その洗面器の火でお茶を沸かす移動式コンロになる。僕のサンダルで火をおこす。

祈ってる、生まれて死ぬ。それだけだ、生まれて祈って死ぬ。その違いは大きい。それがイスラム教なのか。。。。
そらは、星だけ。月も無い。目の前は、全部星、星と暗闇、それだけ。。。。。。

僕はムシロの上に、ジュドは砂の上に、そのまま、、そのまま、寝た。

101/12/23(Sun) 01:50:37

朝5:30に目が覚めた。
今日は6時に出発の約束だ。リュックを担ぎ、オフィスのソファーへ。。。。だれもいない。。。。。。7時を過ぎた頃、一人の男が。。「俺はガイドのバブゥだ。」

「は?」

ガイドは頼んでない。
「ドライバーは英語ができないので、俺がおまえを案内する。心配するな、俺はべっりぃグッドガイドだ」って、mまえっか。
いつまで待っても、車がこないんで「とりあえずレストランに行こー、」ってことになり、バブゥといっしょにトタンと段ボールでできた近所のレストランへ。。。いくらまっても、店の人がこないので、さらに向こうのもぅいっけんへ。マヨネーズを塗ったパンと甘すぎるコーヒーで朝食。CAF500-。

しばし待つ、、、、、、、、、、土埃巻き上げクルマがやってきた。。。ガイドのバブゥ君、ドライバーのスマン君、と僕の3人はともかく、TOYOTA LAND CRUISER で、朝10:00バマコを出発。。。

まずはガソリンスタンド。
クルマを揺らして、パンパンにガソリンを詰め込む。
CFA1200-でタバコを2パック、CFA500-のボトルofウォーター。
窓を閉めると暑いし、開けると土埃で目が痛い。。。

いちおぉー舗装されてるとこは超高速で、他のクルマを追い越しバンバン飛ばして行く、僕らのクルマは圧倒的に速い。
信号なんてもちろん無いけど、集落の入口と出口に、段差があって、スピードを落とす。それがけっこー頻繁にあるんで、なかなか調子がでない。。

13:00セグーで食事。
リソース、よーするにライス&ソース = ぶっかけごはんだ。
それと魚みたいなの。バブゥは右手で食べる。
手を洗う水を運んでくる子供が食事を下げに来る。
残り物を立って食べる。
緑色のお茶、グリーンティーだ。

とちゅう数ヶ所、ドラム缶で道路が封鎖されていて、そこがポリスチェックのポイントになってる。チケットと小額の賄賂を渡してドラム缶をどけてもらって、その先へ。。。

16:45ジェンネ。

窓の向こうの景色は「たぶん、地球って、こんなんだったんだろぉーな」ってなかんじの。
とちゅう、ロバが運んでた大きな炭を買って、クルマの屋根に載せ。。ひたすら走る。。。

夜、モプティでバブゥの実家へ。さっきの炭をプレゼント。。。。。家族を紹介してもらって、しばしニヤニヤ、、、、、、、それだけ。
夜、鳥ごはんn。や@っぱりリソース。

22:00ドゥワンザ着。きょーは、ここに泊まるらしぃ。
「ホテルはどこだ?」「え?」「だからm、どこに泊まるんだ?」「って、ここだ。」・・・・・どーやら野宿らしぃ。
「クルマがいいか、外がいいか?」って聞いてくるんで、僕はクルマの中で寝ることに。。。。。。熟睡

101/12/23(Sun) 01:50:13

6:30ホテル出発。
パリChateletから電車でCDG空港Ffr135-。
チェックインして10:00バマコ行きAF732に乗り込む。。。

ひたすら眠ってたら、バマコに着いた。、、、、。。。んが、となりに座ってる人がぜんぜん立たないんで座ってると、なんか雰囲気が、、、どーもこーもこれは、バマコ経由ワガドゥグ行きだったらしくて、となりの席の人達ワガドゥグ行きの人は、そもそも降りる気がないのだ。。。。
いそいで飛行機を降りてボーダーに向かう。すげー列になってる。入国のとこにめッチャ人間がならんでて、そのいちばん後ろにつく。
「いつまで待てっつ〜んだ」っつーくらい時間がかかって、あ”〜って思ってたら、首から写真入りのIDカードを下げた人が「VISAを持ってるか?」「あるよ」「イエローカードは?」「あるよ」「パスポートをよこしな」っつって、スタスタ歩き、入国審査のとこへ行って、あーだこーだ、「OKハンコはもらってきた、ノープロブレム」、、、、結局、僕は入国審査のカウンターを通らず、横をすり抜け、US$5-の賄賂ですんなりとボーダーを越えた。

っつーぅわけで西アフリカ、マリ共和国。

タクシー屋や、自称ガイドが寄ってくるけど全部無視、、。とりあえず、両替って思ってdeparture側の銀行カウンターに行くけど閉まってる。。今日は日曜日だ。

しゃーないんで、タクシーに乗り込み現金が無いことを伝えバマコ市内VISAカードのキャッシュマシーンまでドライブ¥¥¥¥
  、、、んが。
キャッシュマシーンは壊れて使えないらしぃ。。。。しゃーないんでFfr1,000-を闇両替するが、CFA100,000-のはずがCFA80,000-しか渡してくれなくて「なんだ、どー0したんだ、。すくねーぞ」っつったら、20%のコミッションは普通だ、銀行はもっとレートが悪いぞ」っつーかn、ンなんつーか、でんでんこの国のことがまだっまだわかtってない。。。

タクシーの運転手に小銭をわたして「どっかナイスなツアーオフィスへ連れてってくれ」。。。。。。。ってんで、つれていかれたのがNOMAD Tours…..

うっぇるカムッ!、ツーリストだな、ははぁ〜ん。 
「マリは初めてか?」「Yes」「何日いるんだ?」「ん〜5日間くらい」「どこに行きたい」「ん〜、、、、。」「セグーはどーだ、ジェンネはいいぞ」「いや、」「わかったドゴンだな」「じゃなくってぇ、、、」「ぢゃ、おまえはどこに行きたいんだ」「・・・・トンブクトゥ」「・・・・?、5日でトンブクトゥ?おまえはトンブクトゥがどこにあるか知ってるのか_?」「あぁ、なんとなく」「Oh----。エンドオブワールド」
End of the world. サハラ砂漠の南端、ここから北に向かって1000km。黄金の都。古代の学術都市。砂で出来た帝国。。。。。。。いちおぉー世界遺産になってるらしぃけど、砂でできてるから、すでに崩れはじめてて、いつまでもつかわかんないらしぃ。
1000kmかぁ〜・・・・
ヨーロッパの高速道路なら一晩で行っちゃう距離だけど、そぉーもいかないことくらいは、なんとなくわかる。
「飛行機はどーだ?」「週に1便位はあるけど、昨日出たんであと1週間は飛ばない」「船はどーだ」「ここからなら片道一週間位だけど、いまは乾季で船は出ない」「バスは?」「ははは、無理だ、あんなとこに、バスでは行けない」「ぢゃ、どすれってさぁ????????。。。。。」

彼曰く「いいドライバーと4DW車があれば2日で行ける。ぞ」っつー。
チャーター。チャーターだ。グッドドライバーとナイスなRV4DW車をチャーターするぞって!さ。
「で、可能か?」「可能だ」「で、いくらだ?」「車・ドライバー・ガソリン・ガイド・ベッド・舟・ラクダ・食事・・・・・ぜんぶ込みでCFA1,500,000-(30まんえん)」だっつー、、、、。。。。。ダメダメダメだめダメダメダメだめダメダメダメ。

そもそもCFAを持ってないし、高すぎるし、ガイドもなんも必要ない。ダメダ。っxxxxっつってから、しばし、、しばしぃー。シビア〜な銭交渉。
っつってからしばらsく。、US$500-でRV4DWでバマコtoトンブクトゥ2Wayを約束承諾したのだった。

なんだけど、日曜日なので銀行が開いていない。
VISAカードのキャッシュマシーンへ夜8時にまた行くけど、やっぱり壊れてて使えない。
結局US$200-をTCで払って、のこりは、VISAカードが使えるレストランで、現金化しょぉーってなことに、。、、、。

ツアーオフィスの3人といっしょにレストランまでドライブ。
「俺はトアレグで、あいつは〜、こっちは〜、どーだ、みんな顔が違うだろ」・・・僕には同じに見える。「俺のオヤジはラクダを200頭持ってる、」「、あーそーかい。」
「マリはどーだ」「あぁ、みんないい人だ」「そーだ、マリの人間はムスリムだからいい人なんだ・・・」カーステレオから、アメリカンミュージックが、、、、「アメリカの音楽が好きなのか?」「Yes、アメリカに行ったことあるのか?」「あぁ、こないだの9月はNYCにいた」「・・・・・・」全員無言になった。

ともかくレストランでサインして現金をゲット。
連中に残りのUS$300-を払ってレシートを書かせて時計をみたら23:00になってた。。
「今日はどっかのホテルに泊まるよ」「え?、だめだ、明日は早いぞ!6時出発だ!」「っつったってさ」「ホテルに泊まったら、きっと、おまえは寝過ごしてしまう。いいから、今日は俺のオフィスに泊まれ」っつぅーことになり、爆音でコーランが流れる中、冷たい共同シャワーを浴びて、蚊帳の中に潜り込むのであった。。。。。。

101/12/23(Sun) 01:49:53

ちょっとだけ寝たよぉ〜な、。,、エレベータに向かうとクマックスが、、、TagoMagoさん、スズエリちゃんと、Bellevilleまで地下鉄で、。迎えにきてくれたナオミちゃんといっしょに、セドリックの新しい仕事場へ、、、、。
CGmovデザイナーのセドリックは、去年もスッゲェ職場で仕事してたけど、こんどは、フリーのデザイナー10人位でシェアしてるっつーらしぃ、バカ広なわんルーム空間。。。。。。っつー、そこで、料理してくれて、食事をご馳走に。
最近の仕事をVIDEOで見たり、彼がジャケットデザインしたCDを貰ったり、エールフランスのスト状況を確認してもらったり、しつつ、クマックスはそのまま帰国。

 僕は、ホテルに戻ってから、Stephaneのアパートに楽器を置きに行く。ぼくらの宿から歩いて5分位のとこ。マルタくんと西本くんは明日からここに泊まるそーだ。

メンバー4人で、生ハム&チーズ&デカワインを買い込んでマミちゃんに家に、、、、
Michaちゃんはツアー中でいなかったけど、mほかのルームメイトとか、エミちゃん&アンドリューとか、友澤ミミヨちゃんとか、モロモロモロモロ・・・・・な、
マミちゃんバンドの最新LIVE盤をもらって、アンドリューから仕事データCDRを受け取り、積もる話しや積もんない話しやモロモロを延々と、、、

地下鉄も無くなり、深夜っつーか早朝、Gare de Nordまで歩いてタクシーつかまえて、なんとかホテルに戻り、ちょっとだけフワフワに潜ってみるのだった。。。

101/12/18(Tue) 19:35:22

昨夜の洗濯でシャツがなくなった。
寒くてだまらん、Tシャツ買いにおでかけ、、、、、。

13:00バトーファーでサウンドチェック開始のはずが、バッテリぃーが落ちて真っ暗でなんっもpできん。
このセーヌ河に浮かんでる舟バトーファ〜ってヤっぱ自家発電?
いつものちょーしで、めっちゃいーじぃなチェックをこなして、宿に戻るのだ。

ホテルで寝て、23:00、そろそろかなぁ〜ってバトーファーにいったら、入り口前にスゲェ列で人がならんでる。
えぇ?夜の11時なのにまだオープンしてないのか?押しすぎじゃない
とか思って中に入ったら、めちゃ満員。
入りきれなかった観客が、順番待ちでならんでたみたいな。っつーか、舟なんで、入場制限しないと沈んぢゃうってなjことらしぃ・・・・

がくやで食事中、ドイツとフランスのTV局の取材などなど

会場に降りてみるとノイズの御大達が演奏している、、、、毒舌のアンドリューは「コトブキ、これはテストプログラムか?」とか聞いてくるんで、いちおー「YEs、ファクトリープリセットサウンド」とか答えとく。Tokyo Factory Presetん〜いいひびき也

深夜1時、DJにかぶったまま演奏スタート
すってんころんでみずまいててーぶるのっかってDoepferひっくりかえしてほなさいなら・・・・

よかった。
ぎゃーぎゃーぎゃーぎゃーアンコールが鳴り止まず、てきとーにでていって、さっきやった曲を繰り返して、バイバイーだ。
いいできだった。上領くん&西本くん←べりナイスこんびだ。がぜん希望が涌き上がるでx上領くんはサケもイケルし巧みな話術でめちゃぐっど、。クリック止めちゃってごめんねぇぇええええ

27:00メトロがなくなったマミちゃんたちといsっしょに宿にもどる
クマックスは、また、たくさんお菓子を買いこ込んでベットにならべてニヤニヤしてる。食べマニアだ。ええぞ、それでええのだ
2台のタクシーでどっかの24時間バーに行ってみんなでカンぺぃ。あしたはマリ共和国pppppだ

101/12/18(Tue) 19:28:28

成田からじゅーすーじかん。
飛行機の中でフランスでの労働契約書FIXED TERM CONTRACT OF ENGAGEMENTにサイン。
ワイン8本の空からおりて、パリCDGの薬局でマラリア予防のLariam250mg×8を購入。
arrivalフロアに戻って、モニターを見たら僕らの乗ってきたあとの飛行機がぜんぶキャンセルになってる。。。?コーヒーを頼んだ喫茶店のおやじも「sどfきじぇのいc・・・・」っつって、なんやらエールフランスのストで、空港閉鎖だのなんだの、よーわからんが、ともかく「はよぉーこっから出てったほーが身の為だっ」っつ0−よー0な。、

しばし待って、迎えのプジョーに乗り込みCour St-Emilion近くのホテルへ。
メンバー4人+たまたまパリにいたの川口くん(サックスとかのあの)と歩いて食事へ。白1本と赤1本でええかんじなホテルに戻るが、なんだ、この部屋の電話。どーやっても抜けん。モジュラージャックが見つからん。地下におりて公衆電話をみつけるけど、穴が無い。なんなんだ、カプラー持ってこいってことかぁ?でんでんダメだ、。ねる

101/12/06(Thu) 08:39:23

羽田からリムジンバスで吉祥寺まで1時間。。。。。。。
リハーサルスタジオに楽器をあずけて、3日振りの睡眠mmmmmmmmmmmm

コートジボアール大使館にVISA受け取りに行って、そのままタクシーでリハスタ戻り。エレベーターを降りたら上領くんと西本くんが、、nん〜ええかんじな
さすが、このリズム隊はやたらタイトで完璧だ。
簡単に意思が伝わるし、自分のスタイルもはっきし自覚してるんで、はなしぃが早い。。。し、こんな楽チンなリハーサルもひさびさってな。マシンも好調。。。夕方、リハ終わりでそのまま福間くんすたじおへ、。、斎藤くんらと、次プロジェクトの打合せ。とちゅMOMOくんも相乗りでみっどないとマデ輪唱。。

んで、なりたエキスプレス中、。
パリのギャラ交渉は昨夜のうちに完了済み。あとは、クマックスに会うだけだ。まってろよ、Tokyo weekだっけ?、ともかく船のイベントだ。