Phnonpenh MODEL EtoJ tour 2[k] Diary
by kotobuki hikaru
とりあえずここ
に写真だ...........
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100/07/15(Sat) 19:22:12
- 「台湾へ行け」と言われた、自分に言われた。
ってわけで台湾なのだ。
午後1時頃、中正国際空港に到着。
英語通じる率は、香港にくらべてグンって減って空港内でも、1/4程度か、、、、、
とりあえず、この、手持ちのデカイ楽器(27.3kg)をどーにかしたいと思って、空港内の郵便局に行ってみるけど「中身はなんだ?」「シンセサイザーだ、楽器だ」「こんなのここから送ったら、ぜったい壊れるからよしなさい」「はい、わかりました」、、
結局、departure側までひっぱってって、Left Baggageらしきとこに50元を払って、荷物は6kg弱のリュック1個になった。。これでけっこー身軽だ。、ロンドンで買った靴は今朝送っちゃったんで、今日からまたビーチサンダル人生だ。コンピュータとかモバイル機器が無かったらコンビニの袋で十分旅を続けることができるだろな。
さてと、はじめての台湾だ。
iのマークを探してみるけど、空港内には無い。。。
とりあえず、この空港が台湾のどの辺にあるのか知りたい、、、ってわけで、偽インフォメーションみたいなとこに寄ってみると、なんか、インチキ日本語で近寄ってくるオッサン達。
「ここから台北まではどのくらいだ?」「バスで1時間」「台北の地図はあるか?」「わたしのホテルに泊まるなら地図をあげる」「泊まんないけど地図をくれ」・・・・・
台北市内の簡単な地図をもらって、まずは両替、チェンジ屋のかんばんにNT$(ニュー・タイワン・ドル)の文字が、、、あれ、台湾ってタイワン元ぢゃなかったっけ、、、、
そのm昔、中国にまだFECがあった頃に、人民元の闇両替屋に捕まされた札束がタイワン元で、広州のビルの谷間を真夜中、その闇両替屋を追っかけたことがあったんで、、タイワン元だとすると、これが2度目のタイワン元掴み取りだ。。。えと、1台湾元=4円くらいか。
中正国際空港内のバスカウンターに行って、台北行きのチケットを買う。
バスの中で香港ChekLapKok空港で買っといた「lonely planet台湾編」を広げて見るが、漢字だらけのこの国ぢゃほとんど役に立たない。、けっこぉロンリーな気持ちになる。。。。
道路標識を見ながら現在地を確認しよーとしてるんだけど、黒ボールペンで重ね書きされ続けた地図はだんだん役に立たなくなってきた。。。
台北市内でバスを降り、とりあえず情報を集めなきゃって思い、、高級そぉなホテルや、てきとーな旅行代理店っぽいとこに入ってはちょっとずつ資料収集したところ、、どーも、この街には三越もある、高島屋もある、SOGOもある、東急ハンズさえある、。。。。かなり安心だ
ロンドンの安積伸さんが「この街に東急ハンズがあれば、こんな苦労することはなかったのに8年間このちょーしだぁ」とか言ってたのを思い出してはニヤッてしてみたりね。
なんとなく台北駅、駅前の大亜百貨店の本屋へ入ってmみる。。。。
なんか、偏見かもしれんけど、かなりモダンなかんじの本屋さんで、アート関係っぽいのもけっこー充実してる、んだけど中身は全部漢字。わかりそぉでゼンゼン読めない。
語学の書籍コーナーに行ってみたら英語のと日本語のとの比率が、4:3くらいになっていて、ん〜、日本語熱みたいのがカナリこの国にはあんのかなぁとか思ったり、、、とか、気が付くと、若者達がその本屋の床に座り込んで真剣に読書している、、立ち読みぢゃなくて座り読みだ。。なんか、向学心っつーか、明日に向かってあくまでも前向きにっっつーよーなかんじで、ん〜、なんだか応援したくなるのだ。
とか思ってたら児童文学のとこでも、ガキどもが床に座り込んで本を読んでる。。。。
とか思ってたら婦人雑誌のとこでも、やっぱりオバハンが床に座り込んで・・・・・
ま、ともかく、前向きでええぢゃないか。人間死ぬまで勉強だぜ。
外にでて、スターバックスのモロマネかんばんのTOMSONコーヒーでお茶を飲む。
まだ、台湾がゼンゼンわからない。
やたらと高いビルがあったので、登ってみることに。
台北地標・新光摩天展望台っつーらしぃ、学割でエレベーターのチケットを買って地上46階まで30秒。。。これで台湾のすべてがわかった。ってなことになるわけないんだけど、けっこーなんとなぁく、どーかなぁとか、おもいつつ46階でボォーっとしてたら、窓の外はもぉ暗くなっていた。
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100/07/13(Thu) 00:44:02
- 香港側のimmigrationを超え、KCRに乗り込むと、いきなり携帯電話の着メロがあちこちで鳴り響く。。。
めちゃめちゃ電車の中で話す人間。。それも、中国式の怒鳴り声ぢゃなくて香港っぽいソフトタッチな広東語で、、しかしm、かなりデカイ声で、全員だ。ぜんぜんまわりのことは気にしちゃいない。。。
MongKokでMTRを降り、TsimShaTsuiまで歩くことに、、、、。
信号はあるけど守らない。道路を歩く人間達。看板はこれでもかっつーくらい、となりと競うよぉに道路のセンターラインまでのびていく。。。。。しかもぜんぶ極彩色のネオン
こいつらほんとに規制が嫌いなんだな。
っつーか自我が強いのか、もしくは、なんかに対してめちゃ不安なのか、、、
たぶん世界は、情報インフラとかアメリカ主導の規制緩和の流れの中で、平均化に向かっているんだろぉ。。 それを崩すには、戦争か鎖国か、、とも思ったけど
明らかな文化の境界線は、今でも世界中のあちこちにあるはずだ、つーか、絶対ある。
同じ人種間でもあるんだから、異人種間・異宗教間なら、もっと、、、、って思っても、けっこー、ヨーロッパだと違いがわかりにくかったりする。。
それが進歩ってものなんだろぉーか。
もっと、なんつーかその“欲望”を、剥き出しでええんぢゃないんか
落ち込んでいるはずの香港人がこれなのだ。
もっとハデにやってくれ。僕は君達のアナーキーな生活態度を支持するぞ。
、、、、、、、そ、
6年前に香港に来た時は、すでに、かなりの人間が携帯電話を持ち歩いていて、あるいみ、上海や香港は東京よりすすんでるなぁとか思った、な。
今はどーだろ、たぶん技術的には圧倒的に東京の方が進んでいるんだろーけど、香港にこそ未来をかんじちゃったりするのだ。今でも未来がここにあるよーな気がする。
九龍と香港島とのギャップが、しかも深圳との対比が、、この狭い土地の中にコンピュータジャンクショップがいったい何軒あるのだ。。。。。。。
その6年前、僕は、たしか、ジョーダン駅付近のドミトリーに泊まってたんだけど、いきなり、インド人らしき人々が僕らの部屋に入ってきて「今夜、チョンキンマンションにポリスがぎょーさん入り込んできて、一斉にパスポートチェックをやるらしぃ、、たのむから今晩だけ泊めてくれ」とか言われていっしょに寝たっけ。
ここは、夜中に1階出口のドアをロックしちゃっての、パスポートチェックみたいのがたまにあったらしい。。。昔のことだが、、、、、さいきんのことは知らない。
でも、
なんか今でもそんなことがあってもおかしくないよーな雰囲気だな。
なんつーか、この建物内だけでしかみないよーな人種がめちゃたくさんn同じエレベーターに乗り込んでくる。、下にもナニ人だかわからん人間達がぎょーさんおる。。。それに、なんで、あんな近距離にあんなタクサンのエクスチェンジ屋があるのだ。。。このビルのことを、もっと知りたい
そーいえば、香港って徴兵制度あったっけ?、中国は、、、たぶんあるよなぁ。台湾もありそーだけどなぁ。。 なんか香港の兵隊って規律悪そーだな、、、ムヒヒヒヒxヒ
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100/07/12(Wed) 20:47:18
- あつい、、、、
やたらと自動車が多い深圳・・・・
自転車の上海、バイクのサイゴン、自動車の深圳ってなかんじか、、、、
信号機はある、横断歩道もある、、だけど、だれも信号を守らない、巨大な交差点は瞬時にカオスとなる。。。。。。。止まらないクラクション・スピードを落とさず突っ切るタクシー
イタリアに入る前には「気をつけろよ」ってさんざん脅かされたけど、さすがは中国。スケールがちゃう。。中国6千年って大嘘つくだけのことはある。「アイムソォリィ」って言葉が無いだけのことはある。
近代建築・ほったて小屋・浮浪者・ビジネスマン・・・無数の人間・鳥・猫・犬<食材・・・・これがアジアだ。
広州行きのバスが見える、乗りたい。ものすごく乗りたい。
広州へ行けばさらに面白いってのはわかってるのだ。
ここまで36年間、かなり面白かった、、もーそろそろ人生捨てて広州に行ってもええかっっっっって、わりとほんきに、、、、
16年前、東京に出てきたばかりの僕は、「かえりぃたくなぁいぃー、かえりぃぃたくなぁいぃ〜〜」って泣きながら歌うあがたさんの後ろでピアノを弾いていた。
当時は「あたりめぇぢゃねぇか、なに言ってんだ」って思ったりしてたけど、当時のあがたさんの年齢に近づくにつれて、ほんとに帰りたくなくなってきた。
だけど私は社会人。
明日の朝は、台北行きの飛行機だ、。事前にエアチケットをゲットするあたり、人間としての自衛本能が働いたんだろぉ。 もぉすでに、約束の帰国日は過ぎている。
札幌のスタジオは既に完成済みらしぃ、僕の機材を入れれば即仕事可。ってなメールが
ん〜、僕のまわりの人間は、だいたい僕のアジア好きのことも知っている。
ちょっと帰国が遅くなったからって「やっぱりぃ」って思ってくれるんだろぉな。
っつーか、そもそも帰国してから仕事はあるのか。
ともかく帰ったら即引越し、そして、新しいスタジオでゼロスタートだ。
深圳駅前のホテルのカフェでメールを書く。
カプチーノがまぁ本物っぽい。
やたらと職員の多いこのホテル、さすがは、あまる程の人間で溢れ返る国だ、、実際あまってるんだろぉな。にんげんが
ロンドンで会ったミヤタケイコ氏は、その昔、仕事でしょちゅー深圳・広州へ行っていたらしぃ。。。
広州駅からバスでぬいぐるみ縫製工場へ、、そこの社長は自分用のトイレのカギを常に携帯していたらしぃ、。
カギの掛けられたトイレ、。
その工場では、地方出身者の少女が薄給目当てに3交代制で夜通し働きつづけ、日夜、監視されつづけられる中、トイレだけがプライベートな空間だったらしくて、いちど入ったらなかなか出てこない。トイレは喫煙所兼睡眠所兼食卓でさえあったらしぃのだ。
そんなぬいぐるみ達が、日本のUFOキャッチャーの中で釣られるのを待っている。
よっぽどの仕事以外、働くのはツライことだ。たぶん
だけど、働かないことが、そんなにいいことだろぉか。
ロンドンの家具デザイナー安積伸さんトモコさんとの話しの中に「日本人は雇用を確保して沈滞した経済をスポイルする為に、勤労意欲を失うようにコントロールされてきている。このままヨーロッパの人間みたいに、休むだけの国になったら堕落するだけだろぉ」ってな話題があって、それがそのまま結論になった。
多数の日本人労働者=サラリーマンのおかげで僕らは生活している。
東京が稼いだ富のおかげでその他の日本人はまっとぉな生活が出来ている。
僕らは4月に還付金を貰うばかりで、ロクに税金も払ってない。
僕は¥はっきりいって働きたくない。、ま、けっこー仕事も面白いんだけどね
っつーか、仕事はかなり面白い。
だけど、もぉー何が仕事なのかわからんのも事実だ。
っつーか、仕事が無いのが最大の不安だったりもする。
この腹に突っ込んであるTCとカードを使い切る覚悟があれば、働かずに死ぬまでアジアで暮らせるかもしれない。、パスポートだって15万円なら売りたくもなる、20万円なら即売だ。
でも、帰ろう、、帰って仕事しよぉ。
9月にはプノンペンの残りのツアーだ。。
札幌のスタジオも僕のヒラメキを待っているはずだ。
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100/07/12(Wed) 15:03:55
- 朝っぱらから何度も、宿のおばはんが勝手に僕の部屋のドアを開けては「ユーステイ?」とか聞いてくる、うるさいんでほっとくと、今度は枕もとに顔を近づけて「ユーステイ?」ってきたんで、「わかったわかったワンモアナイト」って答えると「OK、グッナイ」だって。。。。。。、mm時計を見たら午後4時だった。
とりあえずシャワーをあびて、そのへんの牛筋屋で軽く食事。
天星旅行社で明後日発の台北行きエアチケットをGET。
きょーはどーしょーか、、、 TsimShaTsuiからMTRに乗ってYauMaTeiで乗り換え、KowloonTongでとりあえず降りてちょっと考える、、、このままVISA無しのまま中国のボーダーまで行って、あっちに入れるんだろぉかぁ。。
ま、
とりあえず、KCRのチケットを買いLo Wuをめざす、、外はもう暗い。。。進行方向の右側にかすかに湖みたいなのがみえる。。。、 最初は込んでたKCRも、途中の駅に止まる度に乗客が減っていく、、Lo Wuに着く前には、まわりにいたはずの人間は誰もいなくなり、僕だけ、、僕と電車と真っ黒な窓の外、、、、
終点Lo Wuの駅が、香港側の国境のはず、、、、
とりあえず、降りる、、 流れに沿ってテキトーに歩いていく、、たぶん中国側に向かって歩いているはずだ。。
なんとなく香港側のボーダーを越えて免税ゾーンに入る。。
せっかくだからタバコでも買おうかっっって思って店の中を覗くと、タバコ屋の前だけにキョーレツな列が繋がってたんで、やめた。
中国の軍服みたいなのを着た警察官みたいなのがいたんで「アイワントゴゥトゥチャイナ、バット、アイドントハブVISA、イズイットプロブレム?」って聞いたら「ノープロブレム」だと、、、どーも、中国側にVISAオフィスがあるらしぃ。。
そのまま進んで中国側のボーダーの2階に上るとTHE VISA IN SHENSEN FOR FIVE DAYSってな看板があった、、、そこでHK$100を払って、その場でVISAはOK。。
中国側のボーダーを越えて外に出てみると、なんつーか、あぁ、。やっぱり中国なかんじだ。。なつかしい「XX元」の文字が見える、、、。
このまま帰ろうかっとも思ったけど、終電もあぶなそぉだったんで、とりあえず宿をさがす、、歩きつづけて、安宿っぽいところを覗いてみるが「メイヨ」おっっと、なつかしぃひびきだ。
怒り顔の中国人、勤労意欲ゼロの中国人、自我剥き出しの中国人、まったく英語が通じない中国人、、僕が愛してる中国そのものが、ここにはある、、、、ちょっとだけどある。。
ここShenzhenは、ほんとの意味での中国ぢゃないかもしれない。
香港は香港、そしてShenzhenは、なんだっけ、なんとか特別区だかになってるはずで、かなりモダンな中国を演出してる街のはずだ。。だけど、香港にくらべたらかなりShenzhenも中国なかんじ、、いきなりの違いをかなり感じさせられる。。
なんだっけ、シンガポールとジョホールバル(だっけ?)よりも、もっともっと、ぜんぜん、違いが感じられて、興奮しちゃうのだ。
てきとーに行った安宿がいっぱいだったんで、どーせなら、って思ってShenzhen駅前一等地にそびえ立つShangri-La hotelへ、、フロントで「今夜シングルルームはあるか?」って聞いたら「ない」ってやっぱり断られる、、、帰ろぉかって思ってたら「ちょっとまて、デラックスルームならあるぞ」だってさ。。「OKだ、ジャパンマネーの威力を見せてやるぜ」
ってなわけで、ここはShangri-La hotel, Shenzhenの18階デラックスルーム。
広い部屋にデカイベットが二つってなかんじだ。それでも2万円位だから、バッチリだ。
ここの広い窓からはShenzhen駅が見える、、たぶん明日の朝はこの部屋から香港が見えるのだろぉ、。
部屋に入って、香港のチョンキンマンションに電話する「きょうはシンセンに泊まるから、また明日ね。」「OK」、、、、1,500円の部屋に荷物を預けたまま今夜は20,000円の部屋でブランデーナイトだ、ガウンも着るぞ、、葉巻を買いに行こう、、、、、、洗濯もするぞ。
ガード下の海鮮料理屋に顔を突っ込んでスマイル・・・・ぜったいに笑わない中国人。
路上にならんでる海老の水槽を指差して「イーチン」、貝の水槽を指差して「イーチン」、兜蟹みたいなのの水槽を指差して「イーチン」、、あとはてきとーに座って出てきたお湯で箸を洗う、それから指を洗う、、、灰皿があっても絶対に床にタバコを捨てる中国人、テーブルの上に自慢げに食べカスを積み上げる中国人、、、やっぱりここは中国だ。
雑な調理がイカシテる、でてくるのも早い。
乞食が自分の器を持って、わけまいをネダリに来る。。。。
海鮮3皿+青島啤酒+白粥で80元。テーブルの上を食材でメチャクチャにしてやる、グチャグチャにして帰るのが中国の礼儀だ。夜の12時位か、、まだ、ぜんぜんShenzhenの夜は終わらない。。。。。暗がりに寝転ぶ路上生活者を踏みつけてホテルへ向かう
、、、、、、、、、目がさめたら昼の12時だった。
とりあえずチェックアウトして、地上31階の回転するレストランへ。
ここからは、この街のほとんどが見える。やっぱり僕の部屋から見えたのは香港だった。
下から見るのとはぜんぜんちゃって、ここから見えるShenzhenは巨大な近代都市だ。なるほどな
川を挟んでこっちが中国、あっちが香港なんだけど、、香港側にはなにも無い。ただ、荒地がつづくだけだ、、、それに対して中国側からは、国境ギリギリまでビルが迫っていて、、なんつーか、あっちに擦り寄りたい中国と、あんまり仲間になりたくない香港ってなかんじにみえて判りやすいなぁ。。。、 このどっちもが、今や同じ国ってのも、なんだかここにいると不自然な気がしてくる。。。いったい本人達はどぉ思ってるんだろぉかー。
、、、、散歩でもしてみよぉ
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100/07/11(Tue) 17:21:35
- 飛行機の中のトイレで髭を剃る。
香港は返還前に来たっきりで、新しい空港に降りるのは、これがはじめてだ。
昨日で、このメンバーでのヨーロッパツアーは終わった。。うまくいったよ。メンバーもよかったし、評判もよかったしね。。。松本くん熊切くん、mんでマルタくん<また、9月に会おぉ、、あとは、ええかんじで遊んで帰ってけれ、。。
楽器をLEFT Baggageにあづけて、空港内でみんなと別れて、それぞれが、それぞれのどっかに行ったはず、、。ま、みんな慣れてるし、いまごろ香港のどっかに泊まってんだろぉ
で、ぼくは、、、、、、、、
Peninsula Hotelに泊まるかChoungking Mansionsに泊まるか迷ったあげく、、けっきょくChoungking Mansionsへm、
宿のおばはんと値段交渉して、1畳半のベットルーム+AC+TV+トイレ+シャワーのシングルをHK$100で、とりあえず一泊借りることに、、、
部屋番号は、無い、、。ここBLOCK C 5/F の宿は、なんか、1部屋しかないらしぃ。、っつーか、たぶんここは、そのおばはんの家で、おじさんと子供がドアあけてすぐのソファーに寝てる。
服を着たままシャワーを浴びる。
靴下に石鹸を入れてカラダを洗う。
キャセィパシフィックがただでくれた靴下だ、。、、、
せまい部屋の天井でデカイ扇風機が回ってるんで、乾くのもはやいだろぉ
夜の10時過ぎ、とりあえず食事ってことで地下鉄でYAUMATEIへ、、てきとーに歩いてたら突然のドシャ降リ・・そのへんのラーメン屋に駆け込む。、
さすがに香港は夜の10時11時を過ぎても、かなりの店がやってる、なんつーか「生活するぞっ」ってな活気が伝わってきてやる気が起きる、、、空港が九龍城?の近くから引越したのはなんか残念だけど、それでもヒースローから香港に降りた瞬間から、TSIMSHATSUIの駅を出た瞬間からアジアの向上心が溢れ返って浴びさせられるのだ。みならえよ>ヨーロッパ人(無理か)
、、香港はラーメン天国だ。
っつーか、ラーメンとは言わないんだろーけど、『麺』ってのと『飯』って字が読めればかなりイカシタ食事が200〜300円でOKだ。
カウンターの中のオヤジの白いランニングシャツが眩しい。。てきとーにスープヌードゥルを注文して、浮かんでたワンタンみたいなのを喰ってたら「ギャスッ」っつって、歯に引っかかった。摘んでみたら、なんつーか食器を洗うカネタワシの破片みたいなのが入ってる、ホールのにぃちゃんに「!!」って言ったら「おぉあいむそうりぃ、もいっこくうか?」ってな(たぶん)やさしい反応。。、けっきょくラーメン二杯とKing way BeerでHK$20- ノープロブレムの範疇だ。これも香港
隣の席でテイクアウト品を待っていたはずの女の子が僕の席に座って「日本のことを知りたいので話して良いですか?」って「OK」だ。
「日本はすごいエレクトロニクスの国で羨ましいナンタラカンタラ〜」って、延々と1人で語っている、「なにしに来たの?」「観光だ」「どこを見に行きたい?」「別にどこも行きたくない」「なぜ?」「ここにいるだけでジュウブンおもしろいからだ」「じゃ、散歩でもど?」「ええよ」。。
ってなかんじで、かなりディスコミュニケーションな英会話が続く・・・・
ラーメン屋を出た。
「香港って中国になって、どぉなった?」って聞くと、
「ん〜、ちょっと物価が安くなった、っつーか、うちの親が買ったマンションがものすごく安くなっちゃって嘆いているのよ、、借金だけが残って、給料も減ったみたいだし、なんか、店が閉まるのもちょっと早くなったし、夜の人通りもちょっと少なくなった。外国人もちょっと少なくなった。香港の人は今、ちょっと落ち込んでるのよ」ぜんぜんそーは見えないが、、「日本はどぉ?」「ん〜、日本もイマイチだけど、すぐに良くなると僕は思ってるんだ」「そーだよね、日本人の団結力ってすごいもんね」「え?中国人は?」「香港人も中国人もぜんぜん団結しないのよ」そーかもしれん、な、中国ってそもそもファシストがバラバラの国々を無理やり武力で一つにしてる圧政の国だもんな、とは、思ったけど、言わなかった。。。。
「いつ帰るの?」「わからない、たぶん、明日か明後日」「え?どっかに行くの?チャイナに行くの?」「あ、そーか、行こうかなぁ、、ビザって1日で取れる?」「たぶん二日くらいかかると思う」「中国大使館ってどこにあるの?」「わたしは知らない、日本人が知ってる」その日本人が僕だ、僕は知らんからあんたに聞いているのだ。
。。。「君は中国に行ったことがあるかい?」「ちょっとだけあるよ、香港人はビザ無しで中国入れるしね」「広州とか上海とかに買物に行ったほーが安いんぢゃないの?」「ん〜、安いけど、中国の物って良くないのよ」「あ?」「すぐ壊れるし、ニセモノばっかりだし、中国で服買っちゃダメよ」「え?」「中国で買っていいのは食品だけね」ん〜、たしかにそーかもしれん、、でも、香港だってコピー天国ぢゃないのか、、とは、思ったけど、言わなかった。。。。
そぉやって、てきとーに歩いてたら午前3時頃、彼女のポケベルが鳴って、彼女は「Bye」っつってそのままどっかに帰っていった。
僕は、TSIMSHATSUI駅のそばで、さらにスープヌードゥルを食べて、Choungking Mansionsの1階警備員に鉄格子のドアを開けてもらい、いちばん奥のエレベーターから更に3つのカギを開けて部屋に入ったとこ、。
こんなに、警備員やカギがあるなんて考えようによっちゃ安全な宿だなぁ、って思ったけど、ん〜これって間違いだろぉか、麻痺してるんやろか、、。。。
『吸煙引致癌病』とデッカくプリントされた煙草に火をつける。自分の毒好さ加減を再認識する瞬間だ。。。
ん、いまから寝ても午前中には起きれないだろぉ、あしたはどーしょか、、、、、、、
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100/07/10(Man) 05:17:12
- フェーダーは昨日のサウンドチェックのまま、、、、
午後7時半にエンジニアがきて、とりあえず握手。。とりあえず電源だけ全部入れて、午後8時10分ギューグュゥー詰めの地下室のドア開けっ放しのまま、プノンペン初inロンドンがはじまった。
ギャラリーってこともあって、客は美術関係の人が9割、のこりがどっかで知ってきた人ってなかんじか、、、、、
事前のうわさで「日本のフュージョンバンド」ってなことになtってたらしくて、なんか、ヘンテコな反応のまま演奏続けちゃったりして、、、ま、徐々にちょーしでてきて、ええかんじ。
ショッピングカートだけ叩いてた松本くんもとちゅーから、スプラッシュ登場させたり、スネアを出してきたりしたりして、なんつーヵ、mm」m
ま、
てきとーに、おわらせて、、それから、みんなと近所のパブへ、
ギャラリーのアルフレッドがその、パブの中で、刃渡り6cmのナイフを持って、もらったケーキを切る、なんつーか、サムライショー^をやってたりして、、ま、ビターな、かんじ。
んで、それから、なんか、アルフレッドの知り合いのバースディパーティにみんなで出席したりしつつも夜はあける、、也。
んで、mきょーは、Golders Green駅のそばのロンドン在住の家具デザイナー安積伸さんトモコさんちに、 あそびにいかせてもらって、なんつーか、もろもろ、ごちそーになったり、もろもろ情報を頂いたりしつつも、ここは、ヒースロー。。 雨の中をいそいできたのだ。 これから香港だ。
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100/07/08(Sat) 09:08:00
- ブライトンはなんか軽井沢+下北沢みたいなかんじの街だ、なんつーか、駅から左の坂をおりちゃうと、あとは、買物せずにはいられなぃっつーよ^−な、ドギツいショーウィンドウが延々と海まで続いてる。ま、だけど、イギリスだからけっこー夕方6時すぎると閉まっちゃうんだけどね。
サウンドチェックの為にロンドンに戻って、歩いてると、なんつーか、ひどいカッチョええ、DSみたいなカタチの古いSAABがあった。。。松本くんもどっかで見たらしくて、二人で興奮して話してたんだけど、他の二人は無関心のよぉ。
そーいえば、マルタ共和国ぢゃ自動車に手書きでメーカー名を書き込むんが流行ってるらしくて、TOYOTAとかFORDとかペンキでデッカく書いてある自動車がたくさん走ってた。なかには、2社の名前を入れて走ってるクルマもあったりして、、なんか、たぶん、自分のギターにFenderとか書き込むよーなかんじなんだろーなぁ、、、、とか思ってバスに乗ってたら、GOZO島に「HONDAビーチ」ってな交通表示をみっけた。。。。。。。
夕方5時からギャラリーの地下でサウンドチェック・スタート。
けっきょくドラムセットを用意できなかったんで、松本くんはパーカッションとしてショッピングカートを用意。それを叩くことsに、、、、さすがだ。しかもけっこー音がええ。
熊切くんは、きっちりサウンドチェックに合わせて楽器を修復。
エンジニアの手際もバッチリで、コンクリートで囲まれた狭い地下室だけど、明日はかなりいい仕事ができそーだ。
そのあと、さらに近所のギャラリーでやってたパーティに出席。
それから、酒屋によってワインとかビールとか買い込み、それもってインド人街のカレー屋に突入。。。
このへんの店はアルコール持参で行くのが常識だ。
んま、ともかくちょっと寝て、あしただ。
あしたが、とりあえずの最後だ。
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100/07/07(Fri) 23:05:04
- 朝6時に起きて歯みがいてシャワーあびてマルタ空港までドライブ。
チェックインカウンターやらなんやらに怒鳴りつけたら、熊切くんの楽器が出てきたらしぃ、それも、なんだか蜂蜜まみれになって。
あとはふつーにチェックイン、ボーダーを抜けてAir Maltaに乗り込む。。
ローマまで1時間半。ローマで5時間トランジット待ち、crossairに乗り換えてチューリッヒへ、そこから走ってギリギリでロンドン行きの飛行機に乗り込む。。計3回の機内食を喰らって、夜の8時頃LONDON City Airportに降りる。。え〜、バスでLiverpool Streetへ、そこからオースチンのブラックキャブでKing’s Crossまで行って、ロンドンの滞在先になる僕の友達の友達の家へ、、、。
楽器を運びあとは、ねるだけ。。。なんだが、
熊切くんは、バスルームで蜂蜜まみれの楽器を洗ってる。
なんか、見つかったはえぇが、スイッチが折れてたりハンダが外れてたりで、GIG迄に復活させるのは、けっこー、かなり、やっかいなかんじだ。ま、3日間あるんで、なんとか、、、、、、、、、、、たのむ
なんか、ロンドンって来るたびに街がきれいになってるよーなきがする。
っつーか、実際ふつーの街に近づいてきてるtっつーか、普通のビルなんかもけっこー建ってきてるし、地下鉄もキレイになったんぢゃないかなぁー、、、ワーキングビザもゆるくなってきてるらしぃし、 ま、King’s Cross周辺の夜はジャンキーが道に寝てたりするし、もっとヒドイとこもあるんだろー^が、首都なんだから、ま、こんなもんだろ、な。
っていっても、それでも、やっぱり、とんでもない店がたくさんあるし、スげぇギャラリーもたくさんあるし、やっぱりロンドンはかなり面白い、。ものすごく面白い。
ロンドンのGIGは友達のぬいぐるみ作家=ミヤタケイコ氏の個展オープニングパーティのゲストってなかんじなり。
んで、きょ^−は、昼頃その準備中の個展会場に、僕らが演奏する会場をチェックしに行った。
なんつーか、そのギャラリーは変則3部屋みたいに別れていて、今週中は別の部屋で建築家トウノミライさんが藁と土壁のよーな作品を展示していて、その作品の中で寝っころがると、もーぉ気持ちいい。。。 トウノさんの奥さんも来ていて、もろもろ挨拶。
ギャラリーのアルフレッドと機材の打合せ。「PAとかは、バッチリ用意するから心配するな。あさっては、夜8時くらいから、そのギャラリーの地下室で演奏してくれ。すべて用意できたら明日サウンドチェックをしよぉー」ってなかんじ。そんな打合せをしつつも、熊切くんは、破壊された楽器を必死にハンダ付け・・・・・、 ネジを締めたりパーツを取り替えたり・・・・足りないパーツをリストアップしたり・・・・・・・
、、、、で、ここはBrighton。
ロンドンから電車で1時間くらいの、海沿いの街。。。。
ここもけっこー異常な店が固まってあって、おもしろいのだ。 とりあえず宿を探して、シャワーを浴びて、さっき買ったTシャツに着替えてモンゴリッッシュレストランへ。
んでだ。。
この街のクラブで、さっき、フランチキンズを見てきたのだ。
カズコホーキーさんと、ちょっと話したら僕らのライブを見に来てくれるよーだったんで、とりあえずきょーは、ブライトンに泊まって、あしたまた、ロンドンへ戻るってなかんじや。、んんひゃ
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100/07/05(Wed) 08:10:34
- 海の上にあお向けで浮かんでみる。
地平線の向こうに2cmだけ夕焼けが見える。だれもいないビーチ。
とりあえず全裸になって、月のあかりで泳ぐ。。泳ぐ。。
ロマンチックな気分が1分半、そのあと「なにやってんのか<自分」ってなかんじで素に戻る。
この宿はいい、ものすごくいい。
高い天井の広い室内に、二つのベット、バス・トイレ・キッチン・冷蔵庫・ガスオーブン&海の見渡せる屋上があって1日5マルタリラ=約1250円。
マルタくんの部屋はさらに広くてもう一つのベットルームがあって、7マルタリラ。
海まで歩いて20秒。
そーいえば日本の「生活空間倍増計画」ってどーなったんだろぉかぁ。
ここでなら、海パンのまま生まれて海パンのまま死んでもかまわないってな気にもなってくるけど、たぶん、1ヶ月もいたらあきるんだろーな、とか、おもいつつ、、、、、、、
マルタ島3日目、今日は1日ビーチにいようっって決めてMellieha bayでパラソル&チェアを借りた。
熊切くんは島の反対側のGolden Bayへ、マルタくんと松本くんはVALLETAのほーに行ったみたい。。
なんか、こーゆーとこにくると移動するのがめんどーになる。
やっぱビーチ沿いのHoliday Complexを借りてよかった、なんでみんな遠くに行くんやろか、とか、思いつつ、ビーチで寝てたのだ。。。。
ちょっと目がさめて、たばこでも、って思ったら、ライターが海パンのポケットに入ってる、やばい、濡れてる、使えない・・・・・ しゃーないんで、そのへんで寝てた白人っぽい人にライターを借りたら、なんかよさげな人で、話し込んでる内に「じゃ、これからいっしょにGOZO島に行こう」ってことになり、やっぱり出かけることに、。
彼(カリン君)は、チュニジア生まれの通訳(英語・フランス語・ドイツ語・イタリア語・アラビア語)らしくて、「俺の彼女はパリに住んでるから、この、エッフル塔のライターを君にあげよう」ってなことになり、いっしょにバスに乗りマルタ島の西の端にある船着場へ、そこから船にのって20分くらいか、途中右側に、もうひとつの小さな島COMINOをながめながら「あの島には7人しか人が住んでいない」ってな解説をカリン君から聞きながら船の旅、、「マルタ島の南東には人口0人の島もあるから時間があったらいっしょに行かないか」って誘われるが、明日の朝9:30にはロンドン行きの飛行機の中だ。。。。。。。
GOZO島に着き、バスに乗る、、、、しばらくたってGOZO島の中心街VICTORIA(RABAT)に到着、、「この反対側のビーチは楽しいぞ」っていわれるが、バスの最終は夜7時だったんで「泊まるか帰るか」って聞かれ、ちょっとなやみつつも「あしたはロンドンだから、ん〜、帰らんとなぁ」って言ったら彼はちょっと寂しげに、「よし、短時間でこの島のすべてを君に案内しよう」ってなことになり、まずは、そのVICTORIA(RABAT)の中心付近のメディナっぽいとこのさらに中心付近の丘の上のCHURCHみたいなとこを上る、、、 そこからは、ほんとにGOZO島のすべてが見える。。 なんか農村風景が延々とあるけど、どこまでもブラウンで緑が少ない、、ふと気が付くと川がない、「この島には川は無いのか」って聞くと、カリン曰く「小さいのがちょっとだけね、水は空から降ってくるからだいじょーぶ」って、、ほんとかどーか、。、。
このへんの街のかんじは、ほんま、チュニスに似ている、だけど、なんつーか、シンガポール並に綺麗だったりするしなぁ、、清潔で安全なチュニジアってかんじかなぁ。。ヨーロッパ人がバカンスに来たがるのも、なんか、わかるよーなかんじ、、、、だけど、もちっと刺激があったほーが楽しいのに、、とか、思いつつも、カリン君はいろいろ案内してくれる。
いろいろ話してたら、カリンは来月仕事でロシアに行くついでに日本に4日間ほど寄るらしいってことが判明したんで、ぢゃ僕んとこに泊まりなよって言ったら、コーラをおごってくれた。いいやつだ。。。。
この島のバスのなんつーか「降りますよぉ」合図のベルは、運転手の頭の上にチリンチリンのベルがぶら下がっていて、そこから、ひもが2本並行に、バスの後部座席の天井までつながっているってなかんじ、、降りたい人は、そのヒモをひっぱってベルを鳴らして止まってもらうか、もしくは、バスのドアは開きっぱなしなんで、走行中に勝手に降りる人もいるっってなかんじ。
ま、
バスを待つあいだ、とりあえず、たばこを巻く、たばこを巻いてみる、、、
通り過ぎる車の中から「アヴァロン」が聞こえてくる、、、、、、、。
この坂道をデカいリュックを背負った半裸の白人が上っていく、、、どこまで歩くつもりだ、かるくあいさつ。。。。。
ところで、だいじなことだが。
熊切くんの楽器はいまだ出てこない。
いろいろ連絡とってしらべてみても「たぶん、イタリアのカターニャの空港にある」ってなとこまでしか判明していない。。。
マルタ航空(Air Malta)本社・マルタ航空日本総販売代理店・マルタ政府観光局・マルタ日本友の会・マルタ共和国名誉総領事館(東京)・日本名誉総領事館(マルタ/バレッタ)・在イタリア日本大使館、に、連絡してみたけど、ぜんぜん、なのだ。
どーすりゃええのだ。
こんどのロンドン、帰国後のナーブネットノイズ、9月のプノンペンツアー、、、
困るぞ、だれか早く責任とれ。
なんだか、連中の反応は遅すぎて、ぜんぜんだ。
だれか¥、英語・イタリア語・マルタ語・日本語が堪能な人>たすけてくれ
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100/07/04(Tue) 02:04:14
- パレルモのエレクロエンジニアEnrico Costanzaくんが、プノンペンのパレルモライブPhotoをアップしてくれた
http://digilander.iol.it/echostar/phnonpen/index.html
ここね。、
今回のツアーでいっちゃんまともな写真だ。Enricoありやと。
彼自身のページは http://go.to/laccadive (actually it's still under construction) ね。
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100/07/04(Tue) 01:55:59
- 通じた。。。いんたーねっとが、この島でも繋がった。
昨日の宿Armierぢゃ、やっぱりだめだったのだが、ぼくはもっとメジャーなリゾート地がよかったんで、1人でMelliehaのコンパートメントに引っ越してきた。
そしたら、この部屋だと通じたのだ。さすがだ
って、みんなに言ったら、なぬっ、ってことになってメンバー全員こっちに引っ越してきた。やっぱ、海パンの街だけのことはある。
あ、
ところで、ローマ空港で預けた熊切くんの楽器が、マルタ島に届かなかった、、、なんか、別の、カターニャ行きだかの飛行機に、どうやら載せちゃったらしいのだ。。。。
マルタ島空港でもんく言ってみたが、なんだか、わからんまま、明日電話することに、、で、その明日が今日、、。電話してみたけど、なんだか、3時にまた電話しろとかって、、、だんじょーぶか、どーか、
dんで、3時に電話したけど、まだ、だめ、、日本領事館に電話してもなんとも、ダメなかんじ、今はもー夕方6時半。みんなはどっか、たぶん海パンで海に行ったかな。 僕だけここで、こんな文章を書いてる。
さっきは、レンタカーのオペルが急な下り坂の途中で右後ろタイヤがパンクしてえらい目にあった。
灼熱のアスファルト上で、パンク屋のオヤジがくるまで1時間またされた。
これから、海だ。リゾートだ。
でも、明後日の朝にはチューリッヒ経由ロンドン行きの飛行機に乗るんで、今回はダイビングは無理かも、いちおー明日チャレンジするかぁ。
シチリア島もそーだったけど、ここマルタ島も綺麗な人・美人・がめちゃオオイ。
立地からして、いろんな血がまざってるからなぁってのが、僕の結論。たぶん正解
とりあえずナンパされに出かけるが報告はしない。
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100/07/04(Tue) 01:54:19
- 昨日の夜、マルコはあのコテージのベランダにテントを張って寝たみたい、。カリメロはソファーに、ベルナルドは普通の椅子に座って寝たらしぃ、、僕らにベットを与えてくれてありがとぉ。。。
荷物を自動車に詰め込み、別れを告げると、それから延々とホースで水の掛け合い、、、びじょびjよになってもええのだ。。。。南の島は乾きも早い。。車も家も人間もビショビショのまま、バイバイィ・・・・バイバイ・・
トラフィックを確認しつつ、普通の道路と高速道路をベルナルドと交代しながら走っていく、、パレルモを出てから3時間ほどでメッシーナに着いた。
交差点で、シンシアを待っているあいだ、僕とマルタくんと熊切くんは途中みかけた屋台のホルモン屋へダッシュ。。。なんつー。か、えげつないバカウマのぶつ切り塩ホルモン焼みたいなのを、喰らいながら坂道を歩いて交差点へ、延々と歩いて交差点へ、、あ、シンシアだ、たぶんシンシア、、。彼女とは何度かいっしょに仕事をしてきたけど、会うのは初めて、やーやーとかいいつつ、とっくに出来てたはずのPhnonpenh MODELが参加したオムニバスディスクをもらう、、、ま、えxでか」。。。。。
とりあえず2台の自動車で今夜の会場へ、、と、、、、スクワットだとは聞いていたが、、、、、、、、
イカレタ若造どものチェックを受け鉄のドアをくぐると、そこには、線路が引いてあった、。。。。
なんつーか、あれは、明らかに、古くなった鉄道駅の不法占拠だ。
巨大駅に勝手に住み着き、毎夜パーティーを繰りひろげているらしぃ、、
なんだか、住み着いている奴ら、、てきとーに遊びに来てる連中、、ただし、入出のチェックは厳しい。。
泥棒・恐喝・殺人・・なにがあっても不思議ぢゃない、ってな、、、、、か
場所だけ確認して、シンシアとメッシーナをドライブ、、サウンドチェックのあとシンシアの家に「クスクスを食べに来て」って誘われるが、早く演奏を始めてとっととシチリア島をでないと、マルタ島行きの飛行機に乗り遅れるんで「のーさんきゅー」、。
9時からの予定が夜の10時からサウンドチェック開始。
松本くん用のスネアスタンドが無い。用意されていない・・・・
もんく言ってみるけど、ともかく、シンシアが楽屋に持ってきてくれたクスクスを食べて、てきとーにえぇと、10時からの予定が夜の12時くらいから「まだ早い」とか言われながら、強引に演奏スタート。
ステージ内の電源が弱い。時々電源が落ちて演奏ストップ。データが飛ぶ。それでも演奏再開。また電源が落ちる。客は変わらす騒いでいる。。4曲目の途中あたりでスネアスタンド到着、それからはスネアも加わって、僕らのちょーし、。でも、また電源がおちる。客は変わらず騒いでいる。。
カオティックな演奏を1時間ちょっとつづけて「バイバィ」飛行機の時間が心配。;とっとと楽器をかたずける、かたずけながら、連中にサインしたり、抱擁したり、けっとばしたり、ともかく急いでいるんで、バイバィ。。。。。
メッシーナの船着場までシンシアが送ってくれた。そこで、シチリア島それからベルナルドともバイバィ。
ベルナルドはシチリア島2ステージ分の僕らのギャラを、分厚い札束で渡してくれた、枚数を数えてる時間もない、ともかく、分厚いイタリアリラの札束だ、、ともかくグラッチェサンキュラヴユゥバイバイ。。。。
そして、イタリア本島に下りてからは、なんども道を間違えながらも、南イタリアの悪路をくぐり抜け、10時間かけて来た同じ道を7時間でローマダヴィンチ空港へ、ギリギリ間に合い強引にチェックイン。レンタカーを返して、マルタ島行きのエアプレンに飛び乗る。。。。。。。。フハァフハフハフハァ
マルタ共和国マルタ島に降りたのが、午後2時くらい、。地図と水をGETして、1日25マルタリラのステーションワゴンをレンタル。
地図を見ながらテキトーに海沿いに走ろーとすtるけど、なかなか海に出ない。首都ヴァレッタらしぃあたりにくると、なんか、めっちゃ狭い急坂道の右左に、中世のボロビルディングみたいなのが、ぎっしり詰まっている。。これは、向こうから車が来たら死ぬしかないとか思いつつ、祈りを続けるが、どこにも人間がいない。めっちゃ古いがかなり巨大な旧都市街みたいな雰囲気なのに、どこもシャッターが閉まっていて、誰もいない。。かなり走って、やっと海にブチ当たったとこで「今日は日曜日だ」ってことに気がつく。
マルタくんはヴァレッタが気に入ったみたいだったけど、僕はビーチリゾートを主張して、レンタカー屋でもらった地図に載っていた海水パンツの絵の場所を目指してさらにドライブ、海沿いを走り、丘を越え、坂道を下り、海水パンツの街Melliehaに到着、、。ダイビングショップらしきものもあって、僕は気に入ったんだけど、マルタ君の主張で、さらにその先のMelliehaよりちょっとだけ地味めなビーチArmierで今日の宿を探すことにする。。
僕がビールを飲んでいるあいだに、マルタくんが海の家のオヤジみたいな人と交渉。
その海の家みたいなとこの屋上みたいなとこにある3DKコンドミニアムみたいなとこを、僕ら4人でまるごと1日15マルタリラで借りた。
ミッドナイト高速ドライブでくたくたの僕&僕らは、ま、とりあえず食事ってことで、Melliehaまでいって海沿いのレストランへ、マルタ島の地ワインをとりあえず1本、激ウマ。食事もサイコー。食後にグラッパをオーダーしたら、やっぱりあった。とりあえず3杯。。。「このグラッパを1本まるごとくれ」って言ってみたけど、「この店にはこの1本しかないんでカンベンしてくれ」って言われて、ま、あしたでもどっかの店で買ぉーかっってなかんじか。
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100/07/01(Sat) 21:57:39
- そーいえば昨日、ジュネーブのフィリップさんから電話がきた。
「フランス出てから突然、Web日記が途絶えたんで、死んだのかと思って」だって、mmmmなるへそ。そーいった効果があったのかぁ。
僕が「いyxyxゃー、イタリア入ったとたんに通信状況が悪くなってネットワークが繋がらなくなったんですよ」って説明すると、「ん〜、しょーがないねぇ、イタリアはアフリカだからね」だって、くくく、冗談のキツイ人である。。。。。。。。。
昨日も、パレルモのフェステバル演奏後に、寄ってきた地元ファンの人によると「私は毎日Phnonpenh MODELのツアー写真をチェックしているが、ナゼ昨日はアップしなかったのだ」ってなことだそーだ、でも、別に、英語ナビゲーションのリンクは無いし、彼らはどやって、写真ページを探したんだろぉ、、、、、
え〜、ここはまだ、パレルモの山の上のマルコさんのコテージなのだ。
さっき、ピザをたべて、もーそろそろでよぉかっ、ってなかんじなんだけど、これから、同じシチリア島内のメッシーナへ行って、イタリア最後のGIGをこなし、そのまま、ローマ・ダヴィンチ空港までロックンロールドライブ。。。。
明日の昼12時発のローマtoマルタ島行きの飛行機に乗る為だ・・v
マルタ島は仕事無しのホリディバカンスってなかんじだけど、ナポリがとんぢゃったもんで、なんか、マルタくんたっての希望で、僕も行きたかったんで、ま、いこぉkかっ、ってなかんじで、またもや、オールナイトドライビング。
だけど、こっちへ来たときのペースだと、搭乗時間に間に合わない。。。
これから、メッシーナのクラブでライブを演って、、それから、終わったらスグに出発して、8時間以内でローマ・ダヴィンチ空港へ着かねば、、、、。
んで、飛行機に乗れたとして、たぶん、ま、マルタ島でインターネットは無理だろうなぁ
このあとの更新は、ロンドンからになりそーなけはい。。
-
100/07/01(Sat) 20:19:11
- ロ(巻き舌で)ーマァ、、、よかつたぁー
マニエラの家で寝てたらベルナルドが迎えにきた、。サウンドシステムの基本的常識なんかがけっこー^ちがたりして、機材の調達にそれから数時間。
会場に乗り付けたのが夜の8時くらいか、
なんか、ローマ市内ド真ん中の仲通の奥の奥にtとーとつに廃墟が、、。それがきょーの会場。
ステージを組んで、、サウンドチェック。。、 隣接された野外映画館みたいなとこで、すでに客はストレンジなムービーをなんか効めながら、、、、、ってなかんじか、。
、ステージの上には天井がなくて、雨降ったら止めるぞぉとか言おうtっておもってたんだけど「今日は雨は降らない」って、さっきまで降ってたぢゃんか、とか、おもいつつ、、、、
熊切くんは、ヤグラの上に機材をセットィんぐ、、、揺れるステージで夜中の11時すぎ、演奏スタートぐぁ〜―。
ステージから見ると客席も暗くて暗くてなんんか、よくわからんかったが、めっちゃ受けてたみたい也。。。てきとーにやって、mステージを降りても歓声鳴りやまず、バッチシのアンコール。、 おわってからは、「ブラボーぶらぼー々々々々々」ってなかんじで、またまた抱擁&キッスってなイタリーなかんじだ。
演奏中はカワムラ(ローマ在住のDJ/アーティスト)氏がもってきてたなんか、「ウルトラマン」とか「仮面ライダー」とかのビデオを僕らのステージ後ろのスクリーンに映し出してたらしくて、なんか、聞いたことのない、イタリア版マジンガーZのテーマソングの合唱・・・・・・・・
ん〜、ロ(巻き舌で)ーマァ←なかなかええぢゃないかぁ...
カワムラさんは、8年前までロンドンに住んでいたらしくて、カワムラさんが言うには「ロンドンはヨーロッパのなかぢゃ、まだええほーだけど、それでも、エレクトロニクス事情は日本に比べて5年は遅れている」ってなことらしい。。。。。
んまぁ、、。ともかく、ローマァ、ピアスだらけの客の中での演奏は、かなりおもろかった・。。。
。。。。。。。。。。。。
んで、演奏終わってすぐ、夜中の2時過ぎ、、、、夜通し、ローマからパレルモまで13時間のろっくんろーるドライブ、、、、、、
なんか、ナポリをすぎて、南下するごとに、道路事情が悪くなるみたいなかんじ、、で、船に乗ってシチリア島に渡ると、そこからの道路には、なんだか、黒サングラスのドライバーがメルセデスのクラクションを僕の真後ろで鳴らしつづけたりして、なんだか、ちょっちまふぃあなかんじだったりしつつも、午後3時すぎか、、パレルモの山の上、数学者にしてM.I.L.のギタリスト・・マルコ氏のコテージみたいな家についたのだ。。。。
すごい見通し、、パレルモ市内がぜんぶ見えるんぢゃってなかんじの、すげーかんじの家だ。。
夜通し走ってた僕らはそこで、さくらんぼをもいで喰らったり、シャワーをあびたり、ほぼ全裸状態で、3時間のリラックス、、マルコさんは、僕らの電子機器を見て「oh! Ja(ジャにアクセント)panese ele(レにアクセント)ctronics」ってなスゲよろこんでる超陽気な人、マルコさんの音楽とか、これまで行ったとこの人々たちの作った音楽を聴くと、なんつーか、ほんとに、住んでるとこが如実に音に反映されるっつーか、なんつーか、、、、やっぱり僕らも東京とか北海道とか、結局、、日本の音に聞こえるんだろーなぁーとか思ってしまう、それも良し。
夕方6時、マルコさんの車についてm、後ろからパレルモの山・谷・海辺・を走る走る、スゲィ渋滞とか、一方通行を逆走とかしつつt、パレルモ市内をドライブ2時間、今日の会場、オープンスペース巨大広場にPhnonpenh MODEL参上。
MEDI@TERRANEO festa nazionale sulla comunicazione っつー、PARTITO COMUNISTA RIFONDAZIONEっつーくらいだから、なんつーか、なんでだか、会場中にチェ・ゲバラの顔面ポスターが貼りまくっつってある、なnnんつーか、けっこー政治色ありありの10日間の巨大イベントの初日のメインゲストとしてPhnonpenh MODELが出演するんだけど、のんぽりな僕らがナゼ選ばれたのかは謎。っつーかぁこんなイベントだとは知らなんだ。った、。
夜9時頃からサウンドチェック開始。
僕らのステージがある会場は、たぶん数千人単位で人が入れるオープンスペース。サウンドシステムも日本のホールコンサート並に、かなり充実している。エンジニアとの打合せもかなりスムーズ。
別ステージでは、なんか、4人位の難しい顔した人たちの公開討論みたいなことをやっている。たぶん、共産主義・ゲバラ・キューバあたりの話しをしているんだろーなぁ。
ちょっち食事をして、マルコ氏・ベルナルド氏・カリメロ氏と共に、イタリアンコーヒーを飲みに行く。
で、え〜たぶん夜の11時30分くらいから、僕らのステージが始まった。
最初200人くらいだった観客も、音を出し始めたらどんどん増えてきて、だんだnんすごいことになってきて、3曲目あたりから、ステージ上に観客が乱入しはじめて、とてもコミュニストのフェスティバルとは考えにくい狂気の、かつハッピーな反応にパレルモが沸いたのだったのだ、、、、、よ。
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100/06/30(Fri) 23:47:31
- けっきょく寝ぼーしちゃって、郵便局に間に合わず、、ジュネーブからドライブ3時間。
待ち合わせに2時間遅れて午後4時、フランスLYONに住むクリームペライ(フレンチアヴァンギャルドユニットの老舗?)のフランソワーズとクリストフの自宅に着く。
なんか、もともとアーミー用のビルだった(たぶん)らしくて、ドアやエレベーターごとにセキュリティシステムが、、、、玄関からめちゃたくさんの暗号を打ち込み、部屋にたどりついたのだ。
フランソワーズとクリストフは、そのビルの最上階に住み、レコーディング〜ミックスもそこで演ってるみたいね。
地下の駐車場に自動車を預けて、てきとーにバスに乗ったり散歩とかしつつ、リヨン旧市街付近のタイレストランで食事、、、、、、、クリストフは僕の赤サンダルが気に入ったみたいで、もろもろ話し込み、けっきょく夜中の12時すぎに、、、、それからお別れ言って、そのままローマまでドライブ20時間。。。。。。。
モンブランの真下を突き抜けるトンネルが、事故かなんかで封鎖されてたらしぃんで、別のルートで行ったもののn、いきなり強力な雨アラレの奇襲攻撃・・・・視界約20mの中、それでもロックンロールドライバー松本氏は地獄のギリギリまで僕らを乗せてくのだ。。。
途中、熊切氏、僕、と運転手交代しつつも、イタリア内の高速道路標示がイマイチ不親切で、れーによって、ヨーロッパ地図と磁石をたよりにオリエンテーリングドライブを続けるものの、高速道路の料金所でUターンすること数回。
かなりの遠回りに気付いたころには、ローマが間近で、けっきょくパリ-ジュネーブ-リオン-ローマで、2500kmのハイウェイスター&スピードキングになっちまった。
ローマ・テルミニ駅の近所で熊切くんと運転を交代。。いよいよ楽しみにしてたローマ市内夕刻ラッシュ時のドライブだ。
さすがは『交通法規を守ったら事故になる』って言われているイタリア。
信号無視してもポリスは知らん顔だし、クラクションは鳴らしっぱなし、もぉゲームみたいにハンドルをグニャグニャさせてアクセルべた踏み状態で人間・自転車・バイク・車のあいだをすりぬけていく、、、おもしろい、これはおもしろい。
バンコクのよーで、やっぱしなんかちゃう。でもバンコクにかなり似てる交通事情がヨーロッパっつーよりもガイコクに来たってな、やっと、思いがしてきて嬉しくなるのだ。
数年前に僕は「ヨーロッパには古いものはあってもアノ世が無い」とかって書いたけど、ローマのラッシュ時には「あの世」があるよーな気がする。
イタリア・・・ちょっと見直したかんじだ。
さすがはイタリア、、僕的には4年振りのイタリアか、
昨日クリストフらとの会話の中で「東京はすべてがエクスペンシブだ、人間は犬のように働き、狭い部屋で生活してる」みたいのことがでたけど、フランス人が週35時間の就業規則に守られて、余裕の時間と余裕の空間を享受しているとしても、日本のほーが悪いとはどーも思えない。
働かないことってそんなにええことなんだろーか。
たしかに日本人には騙され好きが多い。ぢゃが、
どんなにフリーを叫ぼうとも、経営者の・カタギの職人の・搾取する側の視点で世界を覗かんと、けっきょく、働かさせないよーにコントロールされている自分が見えなくなるんぢゃないのか。
ダントツのテクノミュージックを続出させるこのへんの国々も、日本から見れば
ヨーロッパは明らかにエレクトロニクス後進国だ。
調子がいいよーに思っているかもしれないが、日本やアメリカでエレクトロ革命が起きている現在、彼らに血の海を歩く覚悟はあるのだろーか、金融改革はどーなっているのだ。、ハブ空港を捨てて海底ケーブルを選択する遠回りのユートピア思想は捨てたのか。。。。。
「あたまの良い人間はあまり子供を産まない、だから、人間はいつまでたってもバカのままだ」ってなよーな文書があった。
日本の救いは少子化だと僕は思っている。年金が破綻しそうなら定年を上げろ、ってゆーか
、すでに定年なんて有名無実に近づきつつあるんぢゃねぇんか、っつーか、そもそもサービス産業国にそんな大勢の労働者が必要なんだろーか、。少子化は産業面からも必然的な流れだったよーな気もする、、、唯一の問題は戦時対策か、、でも、つまらんストレスで指導者が死んぢゃうよーな国ぢゃ戦争は、、無理なんぢゃないの?
アジア・アフリカの中には学校にも行かず起きてる間中働き続けさせられる人間もいるし、家が無い人間もかなり居る。。
でも、なんか、意思決定システムが発信した「余裕を持て」ってな命令に僕らが乗っかっちゃってる間に、彼らにグングン抜かれてくよーなきがするのだ。
なんたって、彼らには生まれながらの「あの世」があるからな。、気ぃつけろよ
で、、、んで ここはローマ。
こんかいのイタリアツアーをオーガナイズしてくれたベルナルド君の自宅でパスタ&ワイン。
それから、なんつーか「パーティに行こぉ」って、出かけたもののの、もーなんでだか、そこら中で爆音ならして野外パーティをやってるのだ、なんか、ローマは明日が祭日かなんかで、今日は特別イカレタかんじらしい。
不法占拠した巨大広場にたぶん1000人以上の人間がサウンドシステムの前で踊りくるってる。
そこにさっきまでいて、そのあと、明日の夜、僕らが演奏する会場をちらっと見て、今日の宿泊先マニエラの自宅についたとこ、、
あしたが、イタリア1発目だ。ようじんしろよ
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100/06/27(Tue) 11:02:32
- 僕だけ起きたら昼過ぎだった。
みんなは朝食を終えて、リラックスなかんじのPhilipさん家居候一泊目である。
僕の部屋でPAL仕様のPhnonpenh MODEL ハンブルク/ライブビデオを2ステージぶん、みんなと見る。
けっこー面白い。リアルタイムで現場で処理していた映像のエフェクトもなんつーか、ローファイ・ローテクなかんじで、、しかも、初日(6月14日)の映像には、シアターオブヘルなる、なんだか、ぜんぜんわからん半裸インスタレーション映像も同時に収録されていて、かなりブキミだ。。
夕方になって、自動車で近所のポストオフィスに出かけるが、でかい箱が無くて断念。
ひまだったので、フランス/スイス国境を越え、ジュネーブからレマン湖沿いにエビアン目指しててきとーにドライブ。
さらにスイス/フランス国境を越えてSciezを左にまがって、てきとーによったレマン湖畔沿いの街が、なんだか、中世の屋敷街みたいな、へんてこな気分になる観光スポットみたいなとこで、でも、観光スポットっていっても相手は本物なので、よけいへんてこな気分になる、。
とちゅう、モンブランらしき山が見えてちょっと感激。
で、夜9時頃にPhlip家にもどったら、なんと、Philipさん家の玄関から、もっとはっきりとモンブランが見えた。やっぱ、すごい家だ。
とちゅう、電話をしたので、か、ジュンコさんが、バカ美味のウィンナーを焼いて待っていてくれた。めっちゃ激ウマ食事&ワイン。。。
Phlipさんは、音楽通・食通・・・で、めちゃめちゃ面白い。。スピーカーも独特な味のかんじ
もっと居たいけど、明日は午後2時にフランス-Lyonで待ち合わせしてるんで、出かけねば、、とりあえず、寝なきゃ
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100/06/26(Man) 10:42:59
- ミカちゃんマミちゃんにバイバイ、、、、して
パリからドライブえ〜5時間位か、スイス/ジュネーブに着いた。
当初、電車でローマへってな案もちょっとだけあったんだけど、アンドリュー曰く「俺の友達のバンドはローマ行きの電車内でガスを嗅がされて、200万円相当の機材を盗まれた」とか、聞かされたりして、ま、どっちみちなんだけど、めんどーなんで自動車で行くことにした。ローマ行きのついでにスイスに行くって言ったら「スイスでは静かに喋らないとダメだ、大声出すと雪崩が起こる」って言ってたが、たぶんこっちは嘘だろぉ。
ともかく
今日は松本くんの友達のフィリップさんちに居候、
mなんだけど、その家がすごい。
もち、ってかんじでプール付き。
それぞれの部屋をアミダで決めて、僕の部屋はバス/トイレ/キッチン/・・・付きの超豪華スゥイィートってなかんじ。みんなもそれぞれの部屋にいるはず。。なんだけど、今、僕のベットに猫が寝てる。たぶんnこれからいっしょに寝ることになるんだろーな。
正確には、フィリップさんの仕事場はジュネーブで、この自宅はジュネーブ空港のすぐ裏あたりなんだけど、ここはフランスの・・・・・って街。
この街の住人の8割位はフランスからスイスに通勤してるみたいなってなとこなのだ。
フィリップの奥さんのジュンコさんに諸々ごちそうになって、ベルギーのベリィレアなBEERを何種類もご馳走になって、すげいいかんじ。
とりあえず、28日までにローマに着けばいいんで、ここ数日は未定。
よって、あしたも未定。
-
100/06/25(Sun) 13:50:15
- CGアーティストのセドリックがCHATEAU ROUGEのそばの自宅に招待してくれたんで、あそびにいったのだ。
とりあえず地下鉄駅の出口あたりで新しいサンダルを買ってたらセドリックが迎えに来てくれて、ちょっとカフェに寄ってから、自宅にいくと、なおみちゃんがほんま素敵な料理を作って待っててくれてすげ嬉しい。
なんか、いろいろお魚料理とかも出してくれて、手ぶらで行ったことをちょっとだけ反省したりしつつも、めちゃおいしい。
自宅自体がなんつーか、かなりヘンテコな、すごい、なんつーかエグいロケーションの中庭付きみたいな、ちょっとすごいとこだった。
食事のあと、セドリックとなおみちゃんといっしょに近所を散歩。。。。
ダリ美術館によったりしつつ、モンマルトルを散歩してたら、偶然セドリックの友達が外で結婚式やってるとこに遭遇したりしつつ、ちょっとカフェによってから、セドリックの仕事場を案内してもらった。。。
と、 これがすごい。
なんつーか、日本ぢゃ考えられないよーな、余裕のオフィスで、吹き抜け変形ロフト状の広いスペースに、無数のコンピューターとCG・ムービーマシンが整然と配置されている。
ものすごく羨ましい、クリエイティブな空間だ。
ここから、超ビックネームアーティストのミュージッククリップや様々なムービーが吐き出されてるみたい。、作品をいくつか見せてもらったけど、これがものすごい。、。
完全にプロフェッショナルな空間だ。
僕もいつかは、、、、とは思いつつも、日本ぢゃいくら銭金があってもあんな空間を手に入れるのは無理なよーなきがする。
もー、機材とか技術とか作家性とか以前のことが、そもそも圧倒的に違うってなかんじ。
mmm
やはりヨーロッパは侮れない。
パリはすごい。少なくともセドリックのオフィスはものすごい。。。
マミちゃんちに戻ったら、アンドリューとかエミコちゃんとかミミヨちゃんとかが遊びに来てた。
近所の、ほんとLILASのこのへんの近所だけのオープンパーティがあったのだ。
これも、ものすごい。
なんか、近所のそれぞれの家から料理とかドリンクとかを持ち寄って、ひたすら馬鹿騒ぎ、、朝までバカ騒ぎ、、、、、、、
深夜になってセドリックとなおみちゃんも遊びに来た。
なんか、若い、16歳のイラストレーターとバカ禅問答をニセフランス語と英語にやりあってるうちに、熊切くんが自分の楽器を持ち出して演奏を始めたんで、それからは、マミチャンバンドのメンバーや、プノンペンモデルや、他のアーティストといっしょに、延々とナゾのセッション。
狂った音楽。
さらにアンドリュー達と、意味不明の禅問答を延々と、、、、、、、、これでパリが終わりとはザンネン。。。。。。
で、いまは、えー朝の7時。
これからシャワーをあびて2時間寝て、自動車を取りに行って、そのままジュネーブ迄ドライブだ。
-
100/06/24(Sat) 12:41:54
- Glaz'artが終わった。。。
よかったぁ、ものスゲよかった、、、、なんつーか、、、よかったq。
昼過ぎにGlaz'artに入って、軽く食事、mもーサウンドチェックの時からかなりいいちょーし。
まみちゃんバンドのメンバーでもあるSTOCK,HAUSEN and WALKMANのアンドリューに昨日買ったCDにサインしてもらう、、すげーサインだ。
アンドリューには『東雲』のことを「日本語のわかる子供がいつも聞いている、止まったり走ったり、滅茶苦茶だ」ってなかんじで誉めてもらった、かなり嬉しい。
Glaz'art奥のオープン中庭カフェみたいなとこで、みんなと食事する。
それから、このVAIOで撮影大会。。。。。。。。。。。。
夜の9時から、PuSSeが、まずスタート。
んで、10時頃からPhnonpenh MODELだ。
きょーは全員ちょーしがよかった。
演奏は飛ばしまくって、客は総立ちダンシン。。。。。僕は、マミちゃんが道路に捨てた豹柄のコートを着て登場した。んー、音もいいし、ええ出来だ。
mmmスゲー歓声。
終わってから、「ブラボー」「ブラボー」抱擁&握手&キス。。。。。。
ナイスだメルシィだ。
ミカちゃん曰く「コトブキのオレンジキーボードに豹柄コートに裸足、熊ちゃんは坊さんみたい、マルタはずっと走ってる、松本はすごいスピードで叩いてる、、かなりストレンジね」ってな、んー誉めてくれたんだろぉ。メルシィだ。
マミちゃんバンドもすげかった。
コントラバスの彼女は狂ってる、、サイコーだ。
すべての演奏が終わったホール内には、ニセ札がちらばっていた。
このステージで僕は、サンダルのひもを切ってしまった。
あしたシャンゼリゼゾウリで買い物しなきゃな。
、、、、、、、、、、ちゃお
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100/06/23(Fri) 07:46:39
- 昼過ぎにおきて、バスに乗ってLEDRU ROLLIN駅近くのBIMBO TOWERに行く。
前に行った時と、ちょっとレイアウトが変わってたけど、雰囲気はまったく変わらず。
フランクに軽く挨拶。
僕らが参加してるCDもけっこー置いてあったりして、嬉しい。っつーか、ヨーロッパのエクスペリメンタルミュージックショップはかなり侮れない、。
STOCK,HAUSEN and WALKMANの新しいCDを買う。
あしたアンドリューにサインしてもらうのだ。
みんなと別れて電車に乗って市役所前の東急ハンズみたいなとこで、乾電池仕様の髭剃りを買う。
ポンピドーがすぐ近くだったんで、よってみた、ミュージアムショップみたいなとこを覗いてみるけど、なんか、日本ぢゃ普通の文房具屋みたいなとこに売ってるもんもけっこー置いてあったりして、mmmってなかんじになったり。、、、なんか人間が群がってるんで、寄ってみたらSonyのAIBOがガラスケースの中にかざってあったり。、、、、、、、、、
nん〜、、
どーなんだろ、、、、パリ。。。
日本ぢゃ東京ロッカーズの頃に一方でアテネフランセぶーむがあったり、、こぞってサラヴァから遡ってジャックブレル・アンナプリュクナルにいったり、、、、 たしかに、フランス語はすごい。なんだか、それだけでスゴイ。 だけど、なんつーか、その、サラヴァ以降の新しいシャンソンがいい具合に入ってこなかった為か、10年、もしかしたら20年くらいポッカリィ間があいたままなのだ。
マルタくんは、ミカちゃんのCDの日本向けライセンスを取得しようと交渉するみたいだけど、なんつーか、そーいったことがスゲー大事な時期なんかもしれんな。
フランスには、パリには、たしかにスゲェー音楽があり、とんでもないミュージシャンがいる。今でもね。、僕らはただのミュージシャンだけど、そんな音楽を紹介する触媒になれるかもしれない、、、とか、思ったりして。 、、、、どやろ
(- 100/06/23(Fri))