Phnonpenh MODEL EtoJ tour 2[k] Diary
by kotobuki hikaru
とりあえずここ に写真だ...........       

100/09/19(Tue) 15:51:03

終わった、オレの夏3by熊ッ楠。
 大阪は斎藤くん&ヲノデラくんの問答を朝まで拝ませて頂きました。
 名古屋ではいぬちゃんTシャツ買いました。
 渋谷ではYMOの曲をたくさん聴いてベンキョになりました。

やp@ッパさぁ、ドラム&ベースがあると、こぉなんつーかロックっつーか、俺達の音楽っつーよーなかん字するよな0−。そーやろ>kumax
ライブステージなんつーもんはキャーキャー言ってナンボのもんだぜ。
 僕は、5日に羽田から帰ってそのまま自宅引越し先のペンキ塗り。

壁抜いて、天井張って、梱包移動だ。
なかなかスタジオに出勤できずに、4トン車で3回運んでも、まだまだ自宅荷物は残ってる。。バックパックひとつで引越しして来たハズなのに、なんで、こんなことになってるんだ。

 くぅぅぅぅぅ、とりあえず、明日はパニャグルミンのマスタリングだ。

   んにゃ、次のプノンペンまで・・・またね
歯磨きガム・リステリン・ダイエースプレーのショータイムまで、。。。。。たぶん

100/09/02(Sat) 04:04:27

と、
ともかく、はじまったかんじだ。
二日目にして最後のEtoJ-Jtourのリハーサル終了。
斎藤くんとはヒサビサの再開&けkっきょく、売れっ子の松本くんはリハにはまったく参加できず、、ま、それもよし。演奏は完璧だ。
  リハーサルスタジオにメリィさんが遊びにきてくれたんで、みんなといっしょに中華料理屋で、ガッつしちょっと飲み、、、松本くんは、まだ別件の仕事中。
メリィさんとわかれて「帰ろうかっ出発しよっか」ってなとこの銭湯の前で割礼の宍戸さんとばったり(僕は初対面)。
 宍戸さんと、ちょっとならっっってなかんじで斎藤君の指示通りに次の店へ、、ほんとは、リハーサルが終わったらそのまま高速乗っかって大阪へ、ってなハズだったのに、けっこーみんないいかんじになったりしつつも、けっきょくダウン2秒前の松本君を助手席に乗せて、松本くんのワーゲンゴルフで首都高、東雲にもどってきつつも、とーぜん全員ちょーしにのってきた。かんじ。や。
   ん、これから、ちょっとフワフワ計算。
12時間後には大阪着。18時間後にはBEARSのステージだ。

100/07/23(Sun) 02:25:44

EtoJ前半ヨーロッパは終わった。
メッシーナのどっかからひっぱってきた電源で破壊された楽器をメンテナンスせねば。
ツアー中の酷使でイカレたVAIO-C1XFの液晶を修理に出さねば、、。
僕的には引越しだ。月末だ、いま借りてる5件分のアパート代を払わねば。
8月8日稼動目標の札幌スタジオのスタッフと、めちゃタイトなスケジュールを組んだ。
あさってには、運送屋が機材を積みに来る。
まず、
ここのぺーじはとりあえずのオシマイだ。
     このつづきは、
http://www.meme.co.jp/heshix-cgi/heshix.htm
        このへんで、やるか、どーするか、
ぢゃね。

100/07/21(Fri) 21:34:11

台北駅の横の天成大飯店をチェックアウト、。
っつーか、また、寝すぎてしまった、、やばい、出発時間ギリギリだ。
中正国際空港は台北から40kmは離れてる。。ともかく急いで、空港へ、呼び出しかかった状態で、あわてて乗っかる中華航空・・・・・
     あx
両替しなかったNT$。
  台湾元は日本ぢゃチェンジできないんや、ま、、、、、、、、、、

EAST CHINA SEA東シナ海、沖縄を越えて羽田の離れ、国際アライバル東京へ。
有楽町のガード下でニラレバ定食。っなぁぅんだ、有楽町も台北と変わらんぢゃねぇかぁっtttアジアぢぇねぇくぁ、とか思いつつも、マルタくんに電話したら「今日は新宿歌舞伎町で熊切氏が出るパーティーが、、」、、、、
オリビエくんとの3人で朝まで10時間ノイズ三昧。三摩地。三摩提。定。正受。等持。
YOSHIHIDE OTOMO, MERZBOW, NERVE NET NOISE, INCAPACITANTS,,,,,,,,,,,,,,,スゴイ。
やっぱ、ダントツすごいのは、トウキョウだったのくぁとかおもいつつ、、そのまま羽田に戻って、千歳へ。
ドイツ・ベルギー・フランス・スイス・イタリア・マルタ共和国・イギリス・香港・中国・台湾・・・日本。。。。。
1万キロのドライブと、なん十万キロかのフライト、そしてこのメンバーでの10回のステージはこれでおしまい、50日ぶりに北海道。
札幌の新しいスタジオをチェックに行ったら、1枚160kgだかのアルミ合金ドアが、コントロールルームとブースの両方についててドヒャー。今月中に引越だ。

そして今、ロンドン/キングストンクロスのコインランドリーの隣の中古CD屋で買ったMilesDivis「doo-bop」を聞きながらこれを書いてる、、そんなにラウドにするなら、なにもミュートしなくても、、、とか思いながらmmm、、、。
          あとは9月の3回だ・・・・・・・・・・・・・・

100/07/21(Fri) 21:33:13

その船は嵐の中20分遅れで吉貝港に着いた。
白沙島赤茨へ戻る船だ。
  白沙島赤茨からタクシーで澎湖島馬公のホテルへ、、すぐに寝た。ものすごく寝た。
そして次の日朝6時に目が覚めちまった。。。

とりあえず近所を散歩、、朝食を探してあるくけど、コンビニ以外は開いていない。とか、おもってたら漁港のそばのなんか、お粥屋みたいなとこがシャッターを開けたんで、そこで薩摩芋の千切りみたいなのが入ったお粥と高菜と油揚げの炒め物みたいなやつとで35元。
 ん〜、まぁまぁってとこかな。

澎湖島馬公の賓華大飯店をチェックアウトして蒋介石の銅像ともお別れ。
馬公空港から台北へ、と、、思ったら立榮航空UNI AIRチェックインカウンターのにぃちゃんが「ALL FULL」っつー、なんと。ウェイティングリストは23番目だった。やばい、とか思ってその10分後、けっきょく、ほんとに待ってたのは5人位で、全員機上の人となる。なぁ〜んだ、、とか思いつつも台北・松山空港。

さ、きょーが42日間の旅、最後の夜だ。
明日は早いんで、確実に起きて空港へ向かえるよぉに台北車駅近くの天成大飯店にチェックイン。
とりあえず旅の疲れをっってなわけでもないんだけど、台北駅からMRT淡水線で剣潭駅へ、なんとなく足ツボマッサージへ、、、、んが、その台湾式足ツボマッサージっつーのは、その、気持ちよく疲れを〜とかぢゃぜんぜんなくて、なんつぅかその、ものすごく痛い。足の甲を手の甲でグリグリやられて、足の裏を爪で引っ掻かれて、足の指をツネられて、激痛と痒いこちょばしぃの荒業が繰り広げられる「どこが痛い?」「ぜんぶ痛い、痛いところが悪いのか?」「痛いところが弱いのよ」「ぢゃ、ぜんぶ弱いのか?」「その通り」、、僕は弱い人間だったのだ。、、、けっきょく30分間拷問を受け続け700元也、ふぅ。

ヘンテコなかんじの足をひきずりながら台湾最大の電子パーツ街“光華商場”へ。
ここは、、スゴイ。
すごいのだ。立体交差の地下1F2F、ガード下、通りの両脇にコンピュータパーツ屋・無線パーツ屋・IC屋・盗聴機屋・ブートレグCD屋・・・が小さい店ばかり3000件。もぉ、そこらぢゅ〜がシリコン臭い。
 秋葉原に似てるってのは、かなり強引な言い方で、、秋葉原から家電屋を抜いて小物の品揃えを豊富にしてマレーシア/シンガポールのバイヤーを突っ込んだっつーよぉなかんじだ。
細かく見ていくと、僕が知ってる値段よりも、どれもちょっとずつ、もしくはかなり安い。
こりゃまとめて買って帰りたい、、、、、、とか、思いつつもこの世界。
  1ヶ月以上価格情報が途絶えていたから、もしかしたら日本もめちゃめちゃ安くなってるかも、去年の台湾地震ショック以降のDRAM買占めも落ち着いたんだろか、どーしょーか、、、とか思いつつ、頭上にぶら下がってる本場のロジックボードをすり抜けて、結局、何も買わずに食事に出かける。

ツアー中の食べ過ぎで膨れ上がった胃袋を浄化しよぉっとお粥街へ。
高級料理店ぢゃないけれど、ファミレス感覚のお粥街ではやっぱり欲を抑えることができず、お粥+トッピング4皿で220元、、やっぱり食べ過ぎてしまった。、同じお粥でも、今朝の35元のお粥とは、ぜんぜん別物だったのだ。
MRTに向かう途中STARBUCKS COFFEEでHotCofeMIDDLE70元、マグカップに並々と注がれる、、、厚いソファー、ルノワール、、学習する若者。。。。。高級憩いの場みたいな扱いや

MRT木柵線/大安駅-MRT南港線/忠孝復興駅-MRT淡水線/台北車駅-って乗り継いで、剣澤駅へ。
月台(プラットホーム)の字が目に眩しい。
台北のMRT・地下鉄は新しいためか、どこもめっちゃキレイで、そーいえば台北駅のチケット売り場あたりも巨大な吹き抜けがキョーレツでやる気をかんじる、。
 そのうち上海にも地下鉄ができて、こんなかんじになるんだろぉか。ん〜かなり想像しにくいけどね。。。。
剣澤駅から歩いて士林夜市へ、、ま、ここは、修学旅行の中ボオでも遊びに行ってくれってなかんじ。

士林駅まで歩いてそこからタクシー、ラオ河街観光夜市へ。
ま、なんつーか、これで、概ねカンコーはおしまいってなかんじだ、。けっきょく、台湾で行った屋台街のなかぢゃやっぱり初日の華西街観光夜市がいっちゃんおもしろかった、僕の判断はただしかったのだ。
 突き当たりの寺みたいなとこから、もとに戻って、木瓜牛奶(たぶんパパイヤミルクジュース)40元を飲みながら、松山車駅の場所を聞いてみる。

もぉ電車で帰ろうっておもって、松山車駅まで歩いてたら、その、駅前で警官2人につかまった。
なにいってんのかぜんぜんわからん、。どーも身分証明書みたいなのを出せっていってるらしぃんで、パスポートを渡す。。そしたら、なんか、英語もわからんくせに、なんか、めちゃくちゃ僕に向かっていってるのだ。遠巻きに僕ら3人をみつめるやじうまども。。
僕のパスポートはフィリピンで川に潜ったときに、表1が剥離しちゃったままで、けっこーそれが気に食わんらxしい。。中身は増刷寸前ってなかんじでハンコがめちゃめちゃ押してあるし、写真も違うとか言いたげだ。。。
たしかに僕は、チョビ髭のビーチサンダルだ。
 それでも4つ梅の高級ホテルに滞在中の世界一高値が付く日本のパスポート所持者だぞ。
それでもやつらは、なに語かわからんなぞの言葉を発しつづける。。もぉ僕は完全に完全だ。
「それいじょぉごたごたゆぅんならアトミックボムでも落としたろか」、とか、いったのが効いたのか、「さんきゅじゃぱに」とか言い残して彼らは消えていった。

  がぁぐぇ、、
ぼくもけっこーなじょーたいになってたけど、ま、考えてみたらこの国、13年前までは戒厳令がひかれてた国だ。 それにこんなとこの駅を利用するガイジンもそんなにはいないんかもしれん。
しかも5,6年前までは日本語の書籍そのものが輸入禁止状態で、著作権保護の発想っつーもんがそもそも存在しない違法コピーありありの、表向き内戦状態の国なのだ。
 ま、本音を言えばあんなくに(中X)といっしょになりたいってな気がほんとにあるかはかなりなギモンだけどね。

ともかく、
台鉄/松山車駅-台鉄/台北車駅ってもどってきて、ここは旅の最後の宿、天成大飯店。
こんやでおしまいだ。

100/07/17(Man) 12:55:35

朝、電話のベル音で目が覚める
   「アーユーダイビング?」「イエスイエス」
昨日の夜、ホテルのフロントにwake-up callをたのんだハズだったんだけど、やはり、伝わっていなかったらしぃ。。
タクシーとの約束の時間8時を既に10分過ぎている。

いそいでタクシーに乗って馬公から白沙島赤茨へ、そこから船に乗るはずだったんだけど、チケットカウンターに行ってもぜんぜん英語が通じない、まずい、このままだと船が出てしまう、、、
すると後ろから「メイアイヘルプユー?」やったぁ!
その後しばらく行動を共にすることになる、Lily Chiaoさんである。
彼女にトランスレートしてもらって、なんとか船票をゲット。
Lily Chiaoさんは許金明さんの彼女(妻かも)で、2人で吉貝島まで行くらしい。許金明さんは台北でエレクトロニクスパーツのセールスをやっているらしぃ、見た目もデキデキのビジネスマンである。
2人とも台湾人だけど、英語名も持っているから、もしかしたら帰国子女だったのか、もしくは、台湾のビジネスマンって台湾名と英語名を持っているのが普通なのか、、、
 ともかく彼らの英語は完璧で、日本語はできないけれど、日本との貿易もこなしているらしぃ。ヒジョーに助かる。

白沙島赤茨から船で姑婆島へ、島とはいっても、はじからはじまで歩いて15〜20分の無人島だ。
ここから、ボートに乗って沖へ、。許金明さんLilyさんといっしょにスキンダイビング。
 海面すれすれまで、小さな魚がたくさん泳いでる。
海底には珊瑚礁、そのそばには、なんだか、デカイ魚がうようよ、、、、、、。
   ん〜、海だ南海の孤島、常夏の楽園だ。
しばし潜ったあとで、次の船がくるってんで姑婆島へもどりシャワー。
シャワーっつっても、井戸を汲み上げ桶に入れてかぶるってかんじ、、この島に水道は無いだろう。

夏威夷(Hawai)って書いた船がやってくる。
姑婆島から吉貝島へ、許金明さんとLilyさんは、この島に泊まるらしぃ。
港でスクーターを借りて、彼らの宿へついていく。
  渚のコテージ、すばらしぃ。。。かなりうらやましぃ。
「君もどーだ」っていわれても、3人で寝るのもどーかと思い「のーさんきゅぅ」。ぢゃ、食事に行こう、、、ってことで、彼らについてスクーター、グァングァンギュルリフィフィー、、、港のそばの路上レストランへ。

  「昨日は何を食べた」って聞かれて蝦王(シャーワン)のことを話すと、「え?そんな高いのを食べたのかぁ?台湾ではロブスターでもNT$1000〜1200-位だ、よっぽど高価なものだったんだろぉな」でも、ボラれてるかもしれない、ま、北海道の毛蟹も東京から来たって言ったら高くなるからなぁ、しゃーないか、。
「でも、台湾人は蝦王(シャーワン)とは呼ばないと思う、、僕はそれを食べたことが無いはずだ」ぅぅぅどんなものだったのか、うまく説明できない。でも、とにかく、でかくて、美味かったから、これでええのだ。
   「ワンモア蝦王(シャーワン)?」って聞かれるが、ま、冗談だろぉ「ノーサンキュー」だ。

さすがに台湾人はオーダーのしかたもベリィナイスだ、ま、僕はメニューも読めないんだからとーぜんっつぃーやぁ当然だけど、それにしても、菜2皿・炒2皿・貝1皿・魚汁大1皿・それと、砂糖入りの中国茶。
 美味い。実に美味しい。
チケットを買ってくれたこと、トランスレートしてくれたこと、なによりここまで連れて来てくれたことを感謝して、お礼を言って、「ここは僕に払わせて下さい」って言ったら、「君は僕にタバコをくれる、僕は君に食事をご馳走する、それでいいぢゃないかぁ」うぅうぅぅぅぅ、結局、ご馳走になってしまった。。

許金明さんLilyさんに別れを告げ、スクーターにまたがる「グッバイ」「シーユー」「え?」「ビコーズ、ベリィスモールアイランド」、、なるほど、ここ吉貝島は、スクーターでゆっくり1周しても20〜30分の小さな島だから、また会うだろうって、ことだったんだけど、別れてすぐ、。岬でまた会った「シーユーアゲイン」なるほどねぇ、、それが、ほんとのグッバイになった。

ゆっくりと、ゆっくりと、吉貝島をスクーターで走る。ちょっと丘っぽいとこに登ると、島の端から端まで見えたりする。、この島最大の山、西崁山で標高18mなのだ。、
港のそばに自動車が数台あったけど、自動車が走れる道路があるのはそのすぐそばあたりだけ、あとは、せまい一本道、だんだん狭くなってきて、道路の幅がスクーターのタイヤ1本位になる。。 だから、自動車とすれ違うことは無い。右側通行なのか左側通行なのか、この島では意味が無い。
 スクーターどうしがすれ違う時は、どちらかが路肩によける、、、っつーか、もぉ道が無くなっても道無き道をエンジン全開で突っ走るだけだ。

ビーチが見えた、、どこまでも白い海岸だ。
日曜日なのにほとんど人がいない。夕方だからか、雨が降っているからか、、台湾人はほとんと海水浴ってのをしないらしぃ。
 そのビーチでなんてったっけか、あの、スノーモービルの海版みたいなのを借りる。NT1200-ちょっと高い。ま、えっか、、、

そのスノーモービルの海版みたいなのにまたがってエンジンを吹かす、ん〜、快調だ。
頭から波をかぶる、目に口に耳に鼻に海水が突っ込まれてくる。。。どんどん波が高くなってくる、
気が付くと嵐になっていた。すごい雨だ、、アクセルを放すと、ものすごい風を感じる、、危ない危険だ。
 全速力で海岸へ戻ろうとすると、海の家のオジサンが「こっちへ来るな、沖へ行け」ってボディランゲージ、「いや、帰りたいから戻るのだ」って時計を指差すと、「まだ時間はあるから沖へ行け」ってなかんじで、戻りずらくなっちまった。。。それから30分間。
      僕は、ヤケクソになって、嵐の海の中、アクセルを吹かし続けるのだった、、、、、、、。

100/07/17(Man) 12:54:34

ん〜〜〜〜〜不思議な国だ、この国は。
ここは、中華人民共和国から見たら「中国」で、中華民国外省人から見ても「中国」で、本省人から見たら「台湾」で、台湾原住民から見たら「ポリネシア」で、世界の一般常識では「国でさえ無い」よーなクニである。
日本の皇民化政策がインフラを作り、漢民族の権威主義体制が経済発展させ、冷戦構造が国をまとめ上げたよーなこの国で、、なんだ、この自由な空気は、この治安の良さは、そして高度な技術力と国際感覚・異文化の吸収力は、、、、。 脱コンプレックス・スピード感覚・黄昏・先端技能・政治的国際的文化的バランス・・・・・・・

Orchid島に行ってみたかった。でも、それにはたいした理由があったわけぢゃない。
あえて言うなら、せっかくの台湾、、しかも今回の台湾滞在は一週間だけだ。
どーせなら、台湾の先住民にも会ってみたかった、、そーいった意味ではOrchid島はかなり、中でも特殊な島だったのかもしれないが、、、、
  普通に台湾先住民って言うなら、たぶん、台湾本島の先住民、、、
一世紀前までは、実際に首狩りをしていた民族、、、、複数の、多民族
たぶん日本ではいっぱんに「高砂族」って言われている人々が住んでいる山岳地帯なんだろぉか、。
 言葉が通じない人間を敵とみなし、弓で射止め、しとめた人間の首を祈りの場「くば」に運び儀式を行う、、、その習慣を止めさせたのは日本統治時代らしぃ。
     中国もコントロールしきれなかった高砂族を日本人は統治したのだ。
僕も台湾に来るのが100年早かったら、今頃は「くば」に収められていたかもね。。。。合掌

ここは高雄、さぁ、どーするっっっっってなわけで、ながめるLonely Planet..........。
ここからは、澎湖諸島行きの船が出ているらしぃ。
行くぞ、
なんだかわからんが、、ともかく行くのだ。
宿を出てタクシーを捕まえ「澎湖諸島行、船、乗場」って書いた紙切れをドライバーに渡す。
ニヤッっと笑い出発だ。
 高雄港、海軍施設の横に澎湖島馬公行き船のチケットカウンターがあった。そーかぁ、この国は今も臨戦状態の国なのだ。
朝9:30、軍艦に横付けされた台華号は出航、ファーストクラスNT$850-だ。
揺られゆられて6時間後、軍港の横に台華号は着いた、、、

澎湖島馬公市だ。
蒋介石の銅像がメインストリート中正路の端っこで、マントをひるがえし海に向かって立っている。
その銅像の真後ろにある立派そぉなホテル賓華大飯店へ、、。
海に面した1001号室NT$3040-、旅も終わりに近づくとだんだん金遣いが荒くなる。。

地図を手に入れとりあえず散歩、、となりのホテル長春大飯店の中にスキューバダイビングのポスターが見えた。
 中に入ってフロントで「キャンユースピィクイングリィッシュ?」、、、、ぜんぜん通じない。
なんか中でゴソゴソやってる、、、しばらく待ってると奥から白シャツの老人が。
「やあ、いらっしゃい。なにかお役に立てれば」完璧な日本語である。
「こちらへどうぞ」僕は、ホテルに隣接せれた薬局の奥へ導かれ、彼から名刺を渡される。
なんと彼は、このホテルのオーナーらしい。
「この島でスキューバはできますか?」「この島は遠浅なので無理だけど、他の島に行けば大丈夫、この島には一軒スキューバ屋がある。それに僕の息子はこの県の知事だから」「え?」どーも話しを聞くと、彼(郭長流氏)の息子はアメリカの大学を出てここの知事になったらしい。「日本語がとても上手ですね、どこで日本語を勉強したのですか?」「台湾で」「え?」「でも、僕の息子は東京大学に行っていたので、日本のことは良く知っている。しかも、この街のロータリークラブは函館のロータリーと姉妹クラブになっている」「あ、、そーですか」、、、、。
  彼は島のスキューバ屋にその場で電話してくれたんだけど、通じない、、、。
「これから案内しますよ、さ、僕のクルマに乗って」、、、 それから僕は、彼の自動車でスキューバ屋へ向かった。「ここ」、「どうもありがとうございます」。
できるだけ丁寧に挨拶をして郭長流氏と分かれ、スキューバ屋へ。

なんだけど、そのスキューバ屋澎湖潜水会のおやじ、まったく英語が通じない。
するとどっかに電話している、、僕に電話をかわれって手招き。受話器を取ると流暢な英語で「ウェイトア5ミニッツ」「OK」。
たばこ1本吸い終わる前にスクーターに乗った彼はやって来た。
「ないすつーみーちゅーぅ」握手。
「どーしたの?」「スキューバダイビングしたいんだけど」「ライセンスは?」「無い」「OK、2週間毎日潜れば、台湾のライセンスをあげるから大丈夫。ただしその前に北京語を」「えええ?」
  できるだけ丁重に断って、彼の親切にお礼を言い、ま、いいっかっっってことで散歩を続行。

また、しばらく歩くと元のホテルに戻っていた。よく見ると、僕のホテルのまん前、蒋介石の銅像の横に「浮潜」の文字が、、もしやって思ってボディランゲージ、、、、、、、、、。
 どーも姑婆島ってとこに行けば、スキンダイビングはOKらしぃ。
明日の朝8時にタクシーを予約して、、とりあえず今日の予定はお終い。

そとも暗くなったんで、食事ってことで、馬公魚市場の前に行くと、路上に椅子・テーブルそして、たくさんの水槽・桶がならんでる。。。m、ま、路上レストラン、屋台だ。
魚・貝・烏賊・・・でかいロブスターがいた。食べたい、、、、とか思ってたら、その横の桶になんだか巨大な変形ロブスターの怪物みたいのが、、、、、。ん〜、なんなんだこれは。。。。
 ずっと立ってそれを見ていたらオバチャンが近寄ってきて、どーもそれを喰えって言ってるらしぃ、。「これはなんだ?」「蝦王(シャーワン)だ」なぬ????。蝦好きの僕としては、ここで蝦の王様を喰わずして帰ることができるのか??
「いくらだ?」「2300元」高い、、あまりに高価だ。しかもデカすぎて、こんなん1人ぢゃ食べきれないだろぉ。。とかおもってたら「サンスウ、サンスウ」って言っている。
良く聞くとサンスウってのは、1匹で刺身・味噌汁・バーベキューの3つの調理をするからってなことらしぃ。
    かなりまよったけど、蝦王(シャーワン)だ。ま、
ってことで、注文して席に着くと、クラゲのキムチみたいなのが出来てた。美味い。
台湾麦酒とクラゲのキムチ、、、これだけでもかなりの美味だ。
っつーか、そのあとの、蝦王味噌汁、蝦王刺身、蝦王バーベキュー、、、あぁぁぁぁぁxxxすごい。
日本円にして約1万円の蝦だったけど、それはそれは幸せだった。。のだ

100/07/17(Man) 12:54:02

そして高雄。。。。
宿に戻って寝る、、、、
   いちど寝たんだけど、なんか寝つけなくって、、、それで、、深夜3時すぎ、もっかい南華路夜市までさんぽ・・・って、行ってみたら、なんと、まだやってるぢゃねーか、しかもゼンゼンさっきと人通りも変わらず、に、臓物屋も腐豆腐屋も爬虫類屋もぜんぶマダマダ営業中だ、、普通の文房具屋まで営業してるぜ。。よくみてたら、その雑踏の中に、どーみても小学生くらいの子供達が、しかも低学年の子供達がけっこーいるのだ。。。
 なんなんだここは、、、、、
たしかに、ヨーロッパのスクワットでやるパーティは朝までやってるよ、ま、日本だってそーだろぉ。
 でもさぁ、こんなガキドモがそこに居るかぁ?
これって考えようによっっちゃ、かなり治安がいいってことだよなぁ。
    とか、思ってたら、
通りに面してる賭博場から悲鳴が聞こえてきた・・・・
  角刈り金ネックレスの兄ちゃん達が中に入っていく。。。。。。

ま、日本と似てるってとこか、、、、、
日本のお祭りのテキヤに似てるよーな気がしてきた。
   ただし、圧倒的にちがうのは、その規模と緊張感と構成メンバーの多彩さってなとこか、、。

台湾産のワインをみつけたので、それを飲みながらこれを書いてる、。、グヘェ、マズイ、不味いのだ。
早く寝るぞ、、あしたはとっとと起きるのだ。

100/07/17(Man) 12:53:17

目が覚めたら11時。また、無料の朝食を食べそこなっちまった。
        いいだろぉ。ベットから落ちなかっただけ、ましな夜だった。
リュックをさぐり、日本語のパンフレットを取りだす。
台湾の南東、端っこの孤島Orchid Islandは、竪穴式住居に住むフィリピンのヤミ族(裸族)の島らしい。
  どーだ。、ほんとかなー
    行かないわけにはイカンだろぉ。

  ってなわけで、台北発祥の地「万華」からタクシー飛ばしてドメスティックエアポート松山機場へ。
台北-台東-Orchid島って飛行機を乗り継いで、いくぞ、裸族の島・トビウオの祭壇・ダイビングスポットへ。。

遠東航空公司のカウンターへ、まずは、13:45発・台東までTWD1780-でゲット。。Orchid島までのチケットも予約しよぉとしたら「自分で電話して聞け」っていうx。
 ま、ってなかんじで、
台北から山岳民族の住む山を越え太平洋をかすめて飛行時間25分、台東エアポートに降り立った。

b民家っつーか農家すれすれに、着陸した台東空港には、自分の乗ってきたよーな飛行機が1台、それと小さなプロペラ機が2台、それだけ、、、、、、
 不吉な予感をかんじつつも、華信航空のカウンターへ「今日のOrchid島行きを一枚」「今日のはFULLだ」「明日のは?」「明日もFULLだ」「え?明後日は?」「明後日も・・・・・」「いつなら乗れる?」「23日なら・・」「えっ?10日後ぢゃねぇーか」っつーわけで、ダメだと思いつつも空港内の天井を打ち抜くエアタッカーの爆音の中、もうひとつのキャリア立榮航空のカウンターへ、、「Orchid島行きのチケットはあるか?」「なに?」「だから、Orchid島行きのチケットはあるか?」「だめだめ、エアタッカーの爆音が消えるまではなにも聞こえないし頭が痛いからダメだ・・・(たぶん)」嗚呼、、、、、

しゃーないんで台東空港内の案内所っぽいとこで聞くと「飛行機が無いなら船で行け」ってなわけで、
タクシー代400元で富岡港へ、、そこの龍鴻船業有限公司チケット屋で「Orchid島行きを一枚」「緑島までならあるけど、Orchid島行きは、、、、ちょっとまて、、、、、7月31日なら大丈夫だ、予約するか?」、、、、するわけない。半月以上も船を待つほどヒマぢゃない。
どーするどーする、、、ま、なんかわからんけど、とりあえず高雄に行ってみよぉ
 タクシー代100元追加して、そのまま、台東駅へ、
ところが、その、台東駅の時刻表みたいなのを見たら、高雄行きは朝の7:15しかない。
そんなバカな、、、、、、、
KIOSKみたいなとこで旅客列車時刻手冊を30元で買う。。
それをみたら、台東には列車の駅が二つあって、こっちぢゃなく台東新駅にいかんとならんらしぃ。。

  駅の前に止まってたタクシーの運ちゃんに「台東新駅行きのバスはどれだ?」って聞くと「もぉ今日のバスは終わった、だから、これに乗れ」・・・みたいなことを言っている。たぶん嘘だ、、ま、ええや、ってなわけで、、、、台東新駅まで更にタクシー代200元。。。

台東新駅17:03発高雄行きの列車に乗る、、台湾本島の南端をぐるっとまわって3時間。
高雄に着いた。。高雄って街の名は聞いたことがある、有名な街だ。たぶん工業都市だろぉ
 駅前に出ると、デカイ。
片側4車線のブッとい道路が高雄駅を基点にずっと先まで続いている。。。
    なんだか安心な街だなぁ、、とか思いつつ中山路を南へ歩く、、、、、、、、
歩き始めて10分位か、、右手に屋台街が見えた。「六合夜市」だ。。
とりあえず、食事っって思い。屋台を品定めっってかんじで、覗くんだけど、、ん〜ここは昨日の「華西街観光夜市」に比べると、かなり、ハイソなかんじの通りだ。
ポップな臓物屋、ポップな腸詰屋、、、、、、

通りの中に、ひとつのまな板の上で四人の大人がいっせいに働きつづけてる屋台があった。
看板をみると「元3粒毎餃水」って書いてある。水餃子屋だ。
4人の大人がヒッキリナシに餃子を撒いては、2人の大人が茹で上げる、、、、、
 とりあえず、まな板のそばの椅子にすわって「どーやって注文するのかなぁ」とか思ってたら、いきなり餃子が10個、テーブルの上に運ばれてきた、、、、、「そーかぁ、そーゆぅシステムなんだな」とか納得しつつも、、その、水餃子が美味しいのだ。。ほんとの意味で美味しい。
けっきょく、水餃子20粒&中華スープで90元。、 きょーも素晴らしい食事が出来て満足だ。

とりあえず、今夜の宿を決めなくちゃ、、、、っつーわけで、その南華路夜市のすぐそばのロータリーに面した第一大飯店へ、壁にいろんな趣味の部屋の写真が飾ってある。。なんのことはない、連れ込み宿だ。
フロントのおばちゃんに値段を聞くと「900元だ」っつー。
「きゃんゆーでぃすかうんと?」いちおー聞いてみる。。「800元」けっこー簡単だ。
  部屋のカギを貰ってエレベーターに乗る、、5階で泊まると手をつないだオジサンが2人でこっちを見ている。。。。ま、そーゆぅこともあるさ
     なぜだか、エレベーター出口正面に極彩色の仏壇(たぶん)がデェ〜んと置かれていて、紙切れを持ったおばちゃんが近づいて話しかけてくるが、「アイキャンノットスピィク北京語」だ。

部屋を出て、近くの「南華路攤販集中場」へ、、、
ここは竹下通りのつもりだろぉか、、その微妙にイケてない、しかも完全に間違っているダサさ加減が気持ちいい。日本文化の間違った解釈が素晴らしい。
なんつったって、呼び込みのオジサンがホイッスル吹いてるんだもんなぁ、、、

高雄中山一路ロータリー歩道橋の下のカフェでアイスコーヒー
店の奥からスピードの曲が聞こえてくる、「マイグラジエィション」、、、、ロータリーの雑踏の中でも寛子の声はよく通る。なぜ解散したのだ。
1人も良いが、4人揃ったスピードが素晴らしかった。。。今後に期待
 マスクをしたスクーターが深田恭子のフライヤーを跳ね除けて行く。。。
台湾はすごく上手に日本のメインカルチャーを吸収しているよぉに思える、たとえそれが、間違った解釈だとしても、だ。日本だってm、たぶん欧米の間違った解釈を自国の発展に繋げてきたんだろぉ、。
  アメリカ・ヨーロッパの素晴らしい文化と優雅な暮らし。。それ以外の国々の極貧生活。。。。。どちらもかなり間違った解釈だ、。だけど、そのコンプレックスと優越感をうまくコントロールして(させられて)僕らの今が、今の日本があるはずだ、。その証拠に、本当の欧米の現実を知った僕らは、あるいみ行き場を失った、あるいは目標を喪失したヤルセナイ気分になっちゃいないか?
日本文化をフェイルセーフしている韓国も、正式にJ-POPを解禁したら台湾みたいになるんだろぉか。
  そーなったら少なくとも一時的には、日本のポップカルチャーが韓国を席捲するんだろーけど、、それで潰れるような文化なら、この情報世界でどっちみち生き残っていくことは出来ないんだろぉな。
    逆に、自国を見つめる為に他国を取り入れるっつーのは、避けられない現在の流れだ。
ちゅーと半端なアメリカ文化を吸収しつづけるくらいなら、もっと、アジアの日本のカルチャーを積極的に取り込んだほーが、どっちみちやってくる韓国文化の再構築に早く寄与することが出来るだろぉ。。受験戦争で鍛えられた韓国の若い連中は、それを知ってかどーか、すでに、mかなりの規模でそれを実践している。
      しかも、そーいった国には、日本が失ってしまったサブカルチャーの流れを生み出すパワーが内包されているハズだ。。
 窓の無い台湾・高雄のホテルから韓国にも期待。

100/07/15(Sat) 19:23:42

ヤバイ、、ってなわけで、
タクシーに乗り込み中正地区から万華をめざす。。
さ、       ここからが本番だ。

タクシーは「台北の新宿」らしい西門町を抜けて、っつーか、なにが新宿だ。
これがアジアだ、いきなりだ。。 さっきまでとぜんぜんチャウぢゃないか。
新宿っつーより阿片窟だ。
どーもこっちの方は古そぉな地帯らしかったんで、こっちに泊まろぉとしたのは、ゼンゼン正解だったぢゃねーか、。 みょーちくりんな道具街やらヘンテコな食材屋やら見ればわかる売春宿やらが建ち並ぶ、極彩色の立て看板をすり抜けて、僕を乗せたタクシーは道路にたむろする人間達を押し分けるよぉに進んでいく。。。。
  窓の外に「合法旅館」の看板が、、、他の宿は非合法なのだろぉか。。。。。

おおむね検討を付けてタクシーを降り、宿をさがす。
ここに決めた、名前がわかりやすい、ジャケ買いだ。「麒麟大飯店 Kilin hotel」

麒麟大飯店シングルNT$2300-、部屋のまん中にダブルベットがでぇ〜んと置かれ、フスマを開けると窓があるっっつぅ、和洋折衷っつーか、なんつーかなんか不思議な部屋だ。
冷蔵庫の上の衛星TVはクレムリンを映し出している。

おなかがすいた。 きょーは機内食しか食べてなかった。
地図どおりだとすれば、このホテルは「華西街観光夜市」のすぐそばだ。
食事に出かける途中、セブンイレブンの前の路上で、皿を洗う子供達。。。
      ん〜だんだん雰囲気がでてきたぞぉ

  っつーわけで、行ってみたんだけど、、なにが観光夜市だ。もぉ、やけくそで観光ってつけたに違いない。
この街は完全に気がフれている。
 とりあえず、歩いてみる。
なんつーか、低い天井のアーケードが2丁ほど続いていて、その両脇に、壁の無い、っつーか剥き出し状態の料理屋・店屋・へんてこ屋がつならっている。。。。
その間を人間ドモが普通に歩いて、車椅子に乗って、杖をついて、這いつくばって、、、、、
   めちゃめちゃな熱気だ。ハチャメチャってほーが的確だ、。

あ、日本語のカンバンがある。って思ったら
          『いらっしゃいませ、毒蛇ございます』 だぞ。
どーかしてるよ、ったく。

ヘビの生き血を売る店、しかも実演販売。。スッポンの生き血を売る店、しかも、、、、、、、
ネズミとウサギが同じ檻に入ってこっちを見ている。
お菓子屋の横の階段に「現代刺青」の看板。
ミニスカートを捲り上げてバイクにまたがり走り去る厚化粧の女。
路地の向こうに、かすかにピンクのネオンが見える、、、、その反対側を見ると「XX産科」の看板が、。
 なんだなんだなんだなんだ・・・・・・・・・・・

歩いてたら声をかけられた 「テッパンヤキ、デリシャス、オオキニ」!
む、ええだろ、ええだろぉ、。
華西街観光夜市のその店で、台湾初の食事だ。
「辛いのがいいですか?辛くないのがいいですか?」「辛くないのにしてくれ」
目の前で焼く、すぐに出てくる。グヘェツ、「辛いじゃねぇか!」「うちのは辛くておいしぃ」、、、、
ま、たしかにおいしぃゾ。白飯も頼んで、それもおかわりだ。
  店の奥でシャモジを持ったおばちゃんが、僕の顔を見てニヤッ。
      なにかやってくれるな、って思ってたら、、
めちゃ大盛りのテンコ盛りの白飯おかわりだ。。そんな喰えんぞ、、、喰ったけど。
         あふぇ〜
ラム肉・海老・白飯×2杯・台湾麦酒で24元。。 初食事にしちゃジョーデキだぜ。

食事も終わって、ちょっと散歩と、、、、歩き始めてすぐに「観光」の意味が判った。
この街、、この異常な華西街観光夜市よりも、さらに、その周りは狂ってる。。。。。。。

  アーケード街が終わった途端に、秩序も無くなった。

ここの周りには、ほんまの露天商・屋台群・路上生活者・・・・たぶん娼婦・売人・盗人
通りごとに、それぞれの、っつっても、なんつーか、マラケシュとサンタクルスとカオサンをごっちゃにして潰したよぉな、、、、、ん〜、キテヨカッタ。呼ばれた意味が判った。

一局20元ってな張り紙の上で大人に混ざりマージャン(たぶん)をするガキども。
運動会に使うよぉなテントの中に商品を詰め込み、引きずりながら路上を歩くオバはん・・・・・・
混沌のサンダル徒歩。。仏教寺院「龍山寺」にぶつかった。
   寺の前でどーみても白人が托鉢をしている。なんなんや
中に入ってみる。。真夜中なのに、ギョーサンの人間、、無数の神々
 煙を吐いた太い長いお線香を数本もってひざまずき、貝みたいな形をした木型を投げては頭を垂れる少女達。。
ああ、その向こうには「梅毒・淋病・尿道炎・・・・」ってな看板がぁぁぁぁぁぁぁ

台湾を知らずにアジアを語っていた僕は、完全に間違っていた。
生と死、エクスタシー、出産、銭金、お祈り、、、、そして新しいコミュニティ。
 すべてのキーワードは『活力』だ。

この国、この街、「本場の産直DIMMメモリでもおみやげに」、、、くらいの知識しかなかったんだけど、これが世界の電脳中心の実態なのか。

と同時に、急にヨーロッパの面白さも理解出来たような気がした。
この、なんつーか対比が必要だったのだ。
ベルリン・ハンブルク・パリ・ローマ・パレルモ・メッシーナ・ロンドン、、僕らが今回ツアーで回った計7都市10ステージの会場は、考えてみれば、どれも、かなり異常な空間だった。。用意してくれたみんなには大感謝だ。
アメリカンスタイルのコンビニチェーンを拒否し続ける、ヨーロッパの意地みたいなのも、ちょっと理解できるよぉな気がしてきた。
 あんなロケーションで演奏できる機会は、アジアではたぶん無いだろぉ。
そして、こんな街はヨーロッパに無いだろぉ。

    こんどは、この異様な都市にも演奏しに来たい
                 ゼッタイニ

(- 100/07/15(Sat))
(- 100/06/23(Fri))